第18話 席次を巡る真実に奥方さま号泣





「殿。お言葉をお返しするようではございますが……」

 於万ノ方さまは蒼白な顔を、きっと振り上げられた。


「ただいま仰せのとおり、たしかにわたくしも以前は側室でございました。なれど、もとはと申せば、殿のお姉君に当たられる東福門院(徳川和子)さまに、女官としてお仕えしていたわが身を、強引に京から江戸へお連れになりましたのは、ほかならぬ殿ご自身であられたというれっきとした事実、よもや、お忘れではございますまい」


 過去のいきさつを暴露された肥後守は、にわかにばつが悪そうな表情に変じた。

 かたや、ひとたび動き始めた於万ノ方さまの舌鋒は、歯止めが利かないようす。


「わたくしがなにも知らぬとでも?! 殿のお心にはいまなお先妻の阿菊ノ方さまが棲んでおられまする。わたくしなど子を産む道具に過ぎませぬ。いえ、誤魔化されても無駄でございます。寝言に、何度、阿菊ノ方さまのお名を聞かされましたことか」


「いや、わしは決してさような仕儀は……」

 慌てて取り繕う肥後守の言辞は空々しい。


「ついでに申し上げれば、殿のご生母の浄光院(静)さまはお情けを賜った台徳院(秀忠)さまに、その側室としてすらお認めいただけなかったのでございましょう」

 痛いところを突かれた肥後守の顔は、赤くなったり青くなったり明滅している。


「さようなわたくしが側室どのを無碍になどできましょうか。むろん継室として面白かろうはずはございませぬ。それも人間の素直な感情でございます。なれど、だからと言って、わずか十歳の、母君もおられぬ松姫どのをこの手にかけようなどと……」


「いまさら睦まじいと申せば白々しゅうございますが、仮にも四男五女を成した夫にかように情けない詮議をかけられようとは、継室として情けない限りにございます。あらためてお訊ねいたします。殿はさほどまでにわたくしが憎くておいでですか?」




      *




 正論に反論を差し挟めずにいた肥後守は、ここでようやく立て直しを図られる。

「馬鹿な。いまはさような情緒論を申しておるときではあるまい。これだから女子は浅はかだと申すのじゃ。重要なのは言葉にあらず紛れもなき事実そのものであろう」


「あいにくそなたは知るまいが、そなたが腹痛を訴えて席を立ったあと、わしはな、ふっと思いついたのじゃ。本日はほかならぬ松姫の祝儀につき、今日に限っては、姉の媛姫より上座に着かせてやるのが本筋であろうとな。どうじゃ、参ったであろう」


 すうっと顔色を白くされた於万ノ方さまは、呆然たる眼差しを虚空に彷徨わせる。

 妻の表情の変化を注意深く(意地悪く)見守っていた殿さまは凱歌を挙げられた。


「おのれ、やはり顔色を変じさせおったな。うぬ、相当にうしろめたいところがあると見える。思ったとおり、そなたであったか、松姫の膳に鳥兜毒を仕込んだのは!」


「なんとまあ嘆かわしいことを仰せになって。見当ちがいも甚だしゅうございます。たったいま、わたくしの心に奔りました、とてつもない痛みは、七歳も年下の妹より下座に着かされたままで死んでゆかねばならなかった、媛姫への不憫でございます」

 そう仰せになりながら、於万ノ方さまは身を引き絞って、ホロホロと嗚咽された。





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