第13話 御次を庇う於万ノ方さま
お料理を手渡す順番からいくと、つぎなるご詮議は、当然のことに
でっぷり肥えた御末頭とは逆に牛蒡のように痩せた色の浅黒い女で、朋輩や配下の人気はいまひとつだが、どういうものか於万ノ方さまの信頼はことのほか厚いご仁。
万事において、そつがない女で、日常の所作もてきぱきし過ぎ、怖いほどである。
それはいいのだが、困ったことには、他者にも自分と同様の規範を求めずにおれぬ性質らしく、もたもたしていると、即座に叱声が飛んで来るので、配下の奥女中衆は御次の前では小走りに駆けまわるのが、暗黙の申し合わせになっているようだった。
「わたくし、すぐにきゅっと吊り上がる牛蒡の目が怖くて、胃が縮みあがりまする」
「まったくでございます。わたくしたちのやること成すこと、一から十までつぶさに観察しておられる様子は、まるで勝虫(蜻蛉)の目玉のごとしでございますわねえ」
そう配下からうわさされている牛蒡がご詮議にかけられるとあって、一度や二度はこっぴどく叱られた経験がある奥女中衆が、いっせいに鵜の目鷹の目で見守るなか、枯れ木のような
成りは細いが肝は太い性質と見え、畏れ多くも殿さまの御前にまかり出て恐れげもなく恬淡として臆しないすがたも、先刻の女相撲取り御末頭と好対照をなしている。
*
「そなたに限ってまずまちがいはなかろうとは思うものの、一応、訊ねるのじゃが、御末頭から渡された三方を、そなた、そのままそっくり毒見役に渡したのじゃな?」
奥方付きにはご遠慮があるものと見え、殿さまの舌鋒も多分に鈍りがちのようす。
その辺の呼吸を重々承知している御次は、「さようにございます。いつものとおり御側の中年寄どのに、ごく事務的にお渡ししただけにございます」平然と答えた。
だが、やや高飛車な態度が、殿さまのいたって低い沸点にピリリと触れたらしい。
「ん? 事務的に、とな? いささか聞き捨てならぬ物言いじゃ。そなた、これまでさようなつもりで務めておったのか?!」堪え性もなくいきなり怒りを爆発させた。
側室あがりの継室とはいえ、ひとりずつ子を産むごとに無言の存在感を増す一方の於万ノ方さまのみならず、その影とも見なされる御次にも、言いようのない鬱陶しさと圧迫を感じているらしい殿さまのご心情には薄々ではあるが知恵も気づいていた。
辛うじて天下は御せても、もっとも身近な御台所は御せなかったとうわさされる、お父上の台徳院(秀忠)さまと同じく、わが殿も奥方さまには頭が上がらぬらしい。
*
思ってもみなかったところを突かれた御次は、浅黒い頬をぽっと仄かに赤らめた。
大勢の面前で誹りを受けた経験は、これまでに、一度とてなかったにちがいない。
「いえ、決してさようなことはございませぬ。言葉が足りずご無礼を申し上げましたが、事務的と申し上げたのは三方の渡し方に限ってのことにございます。わたくしはこれまで、わたくしのすべてを投げ打ってお仕えしてまいったと自負しております」
詫びつつもどこまでも権高な御次を見下ろす肥後守の目が不気味にぎらりと光る。
「まことにもって口は重宝なものじゃな。うっかり本音を吐いてもいかようにも塗布できる。じゃがな、とっさの際に転がり出た言辞は、案外、その者の真実を吐露しておるものじゃ。よき機会ゆえ忠告しておくぞ、御次、言葉は軽々に弄ばぬがよいぞ」
「はい、まことにもって申し訳ございません。仰せのとおりかと存じますが、殿さまともあろうお方が、わたくしなんぞの揚げ足を取られるのは、いささか……」詫びながら御次は露骨に
「揚げ足ではない。至極冷静に申しておる。国主たるわしの言に納得がゆかぬならば退任してもらうしかない。代わりの御次はいくらでもおる。すぐに出て行くがよい」
*
「さような!……」御次が叫んだところへ入室して来たのは於万ノ方さまだった。
加賀家へ嫁がせる側室腹の娘の母親役としてのご正装は、豪奢な縫取りの鶴亀模様の絽で、その上に、保科家の並九曜の家紋入りの黒羽織を格式高く重ねておられる。
「なにやらただならぬ騒動を聞き、わが媛姫の黄泉への旅支度を中断して来てみればいったい全体いかなる次第にございまするか?! 辞めるの辞めぬの呑気に取り沙汰していられる場合でございますか! おふたりとも不謹慎の極みでございまするぞ」
見るもいたましく泣き濡れた顔を上げ、嗄れた声で凛然と言い放つおすがたには、当家の奥向きを仕切る奥方ならではの堂々たる押し出しが滲み出ている。苦虫を嚙み潰した肥後守は、ぷいと横を向く。なにひとつ解明せぬまま御次は詮議を解かれた。
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