第12話 御末頭、配下に救われる
つぎなるご詮議の順番は、出来上がった料理を御次に手渡した
女相撲取りのような御末頭は、引き立てられて来た当初から早くも半べそである。
「わたくしはなにも存じませぬ。御台所奉行さまがご許可なさったお料理をそっくり御次の方にお渡ししただけにございます。お料理を載せた三方は念入りに浄めた蠅帳で厳重に覆いましたゆえ、蝿はもちろん埃ひとつ入る隙とてないはずにございます」
極度の緊張からであろう、のどに絡んだ嗄れ声で精いっぱいの申し開きを行う。
「むろん、わしとてそなたの仕事を信じぬ訳ではないが、付ききりで一挙手一投足の行動を克明に観察しておった証人がいたわけでもないのもまた否めぬ事実であろう」
嵩だかな御末頭に向ける肥後守の口調は先のふたりのときよりは控え目だったが、若紫の単衣で統一した女中衆の棟梁として、同じ矢飛白でもひとり茄子紺をまとった御末頭は狭い額に玉の汗を盛り上げ、断固、得心できかねると猛反撃に打って出る。
「殿さまのお怒りは、まことにごもっともと存じますし、心からのお悔やみも申し上げます。なれどっ! 先刻から申し上げておりますとおり、わたくしは単なるお取次に過ぎませぬゆえ、こたびの仔細につきましては、いっさい存じ上げませぬ。ましてそら恐ろしい鳥兜など、生まれてこの方、一度として目にした記憶もございませぬ」
丁重な言辞にもひと刷毛の強情がにじむ御末頭の申し開きを間近にし、先の二名の取り調べの不首尾で発火点が低くなっている肥後守の癇癪はいともたやすく破れた。
「なに? これはまた異なる弁解を聞くものじゃ。わしはまだ援姫の命を奪った毒が鳥兜であったとは告げておらぬはずじゃ。ただいまの発言は断じて聞き捨てならぬ。下手人しか知らぬはずの重要事項を、そなた、なにゆえに知っておるか申してみよ」
なれど、御末頭も負けていない「畏れながら申し上げます。先刻来のお取り調べの大音声はお屋敷中に轟いております。もはやご家中で鳥兜の件を知らぬ者はおりますまい。人のみならず、犬や猫、鳥、虫、水槽の金魚、さらに仕掛けにかからなかった鼠どもに至るまで、生きとし生きるもののことごとくが承知いたしておりましょう」
危うく横滑りにすべった御末頭に、肥後守は真っ赤に血走った目玉を引ん剥いて、
「なに、
怒りと恐怖に駆られての多弁が思わぬ嫌疑を招くことになった御末頭は、いまさらながら大いにうろたえ、太った尺取り虫のように、懸命に肥後守に取り縋りついた。
「も、申し訳ございませぬ。ご嫌疑を晴らそうとて慌てるあまり、つい思ってもみぬ蒙昧を口走りましたが、決して他意はございませぬ。何卒お聞き捨てくださいませ」
だが、殿さまは汚らわしげに御末頭を見やり、嫌悪の情も露わに厳然と申し渡す。
「いや、断じて捨て置けぬ。人の本音は、かような場面でこそ露わになるもの。ただいまそなたが発した言葉は紛れもない真実であろう。追って詮議の者を差し向ける。以降、身のまわりの品いっさいに手を付けてはならぬ。よいな、わかったな」(-_-)
*
「わたくしの、この口がわるいのでございます、後生ですからお許しくださいませ」
必死な御末頭を足蹴にしようとする殿さまの前に、とつぜん飛び出した者がいた。
「殿さま、どうかお待ちくださいませ。御末頭さまは潔癖すぎるほど潔癖なお性質でいらっしゃいます。いつぞやなんぞは出来上がったお料理にたまたま飛んでまいった蒲公英の綿毛がかすかに触れたというだけで直ちに作り直しをお頼みになりました。さように律儀なお方が、鼠殺しの毒の混入などを思いつかれるはずがございませぬ」
見れば、まだ子どものように小柄な女中が必死で殿さまをかき口説いている。それを機に、ほかの女中衆もわらわら飛び出して来て、いっせいに蛙のように平伏した。
若紫の矢飛白の群れが肥え太った茄子紺を取り巻く様子は迫力満点で、配下の結束に感極まった御末頭は、小山のような肢体を揺すり、わおんわおんと号泣している。
思いがけぬ事態の出現に、さすがの肥後守も矛を収めざるを得なくなったらしい。
「やれ、やかましや。これだけの女どもに打ち揃って泣かれてはどうにもならぬわ。もうよい、相わかった。女中衆の心意気に免じ、こたびの御末頭の嫌疑はなかったものとしよう。いやはや、わしもつい苛立って先走ったようじゃ。みなの者、許せよ」
極度の緊張から解放された女中衆は、子どものように手を取り合って喜んでいる。
くノ一知恵も若紫のひとりとして欣喜雀躍しながらこの後の展開を見守っている。
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