第11章〜よつば様は告らせたい〜②

 換気のために開いた小会議室の窓から校舎の外を眺めていると、背中の方でガタンとドアが開く音がする。


「ゴメンね黄瀬クン、お待たせしちゃって!」


 そう言いながら、白草さんが入室してきた。


「いや、こちらの方こそ、放課後に呼び出したりしちゃって……この部屋まで来るのに迷ったりしなかった?」


 彼女を気遣いながらたずねると、なぜかドヤ顔で嬉しそうに語る。


「ううん……優しいクラス委員の男子が、校内案内をしてくれた時に、『ここは、オレたち広報部が会議の時に使わせてもらうことが多いんだ』って、説明してくれたから」


 その返答に苦笑しながら、「そうだったんだ……」と言葉を返すと、直後に白草さんは、心外だと言わんばかりに、こんな不満をぶつけてきた。


「それより、今日は朝から、『土曜日のサプライズ企画は、台本のある《やらせ》だったの?』って、質問を何回も受けたんだけど! 放課後も、クラスの野中サンと石川サンから、しつこく、『黒田の告白が、フェイクだったってマジ?』って、しつこく聞かれたし……」


 そのようすを注意深く確認しながら、ボクはたずねる。


「それで、なんて答えたの?」


 すると、彼女は、


「『ご想像におまかせ』って、答えておいたわ。そうしたら、今度は、野中サンが、『私にも、ヨツバチャンのモテ技を教えてほしい!』って、食いついてきたんだけど……」


と、クラスメートに頼られて満更でもない、という表情で答える。

 しかし、彼女はさらにボクの表情を注視しするようにして、逆質問を返してきた。


「黄瀬クン……もしかして、この妙なウワサって、広報部が関わってるの?」


 鋭い目つきに変わった転入生の一言に、ボクは、やれやれと肩をすくめながら、悪びれることなく答えさせてもらった。


「竜司と違って、ボクは、カンの鋭い女子は苦手なんだけど……さすが、白草さんだね! ボクたち広報部の立場と、一人の女子の尊厳を守るため、校内的には、土曜日の竜司の告白は、『あくまでデモンストレーションである』ということにしておきたいんだ」


 こちらの返答を注意深く聞いていた同級生は、つとめて冷静な口調で、またも質問を返す。


「へぇ、どういう理由があるのか、聞かせてもらって良い?」


「どういう理由もナニも、相談ナシに暴走した竜司のおかげで、ボクたち広報部は、協力してくれた他のクラブのみんなから、恨みを買いかねない結果になるところだったんだ……組織の自衛行為として、正当性を主張させてもらいたいところだよ!」


 ボクは、あくまで、冷静に自分たちの立場と行為の妥当性を主張し、こう付け加える。


「特に、今回の企画が、こんな結末を迎えるように、周到に、計画を練っていた生徒に対しては、ね――――――」


 すると、目の前のクラスメートは、一転しておどけた口調で答えた。


「なんだ、すべてお見通しだったの? 広報部には、情報操作が得意なだけじゃなくて、優秀な探偵サンがいるんだね」


 そんな彼女のようすに、ボクは、なるべく落ち着いた口調で切り返す。


「情報操作、世論誘導……どう言ってもらっても構わないけど……公正を期すため、白草さんには、ボクたちが取った行動を説明しておいた方が良いと考えているから……もし、ご希望なら、土曜日夕方以降の広報部の活動について、解説させてもらうよ?」


 それから、少し長い話しになるため、白草さんに対して、会議室のパイプ椅子に座ってもらうよう、うながす。

 ボクは、彼女が黙って首を縦に振るのを確認すると、自分自身のアイデアで広報部が行った緊急対策プロジェクトの全容を、ゆっくりと語らせてもらうことにした。


 ※


 生徒会および広報部の合同事情聴取によって、提案が承認されると、ボクは、さっそく、先輩たちとともに、ボクたち広報部が所有する《トゥイッター》のサブアカウント(副垢)を使って、情報発信を行った。


==============


今日のオープンスクールの

サプライズ告白、ホントは、


《フェイク》


だったんだってさ〜


ウチの友達が、広報部の人に

企画書を見せてもらったって

言ってるよ〜


#芦宮高校オープンスクール


==============


 似たような内容の文面のツイートをいくつも作り上げては、複数の別アカウントにリツイートさせる。


 そのツイートを引用リツイートやファボ、DMなどを駆使して、あらかじめ相互フォローをしておいた事情通を気取る校内のインフルエンサー(単純にウワサ話し好きの生徒とも言える)たちに向けて、情報を集中的に流していく。


 予想どおり、テキスト情報だけでなく、ボクが作っていた当初の企画書の一部と、サプライズ企画が終了してから夕方までに突貫工事で作り上げた疑似台本の一部が写り込んだ画像を添付ファイルとして貼り付けたことが功を奏し、これらのツイートは、事情通を称する生徒たちを通じて、またたく間に生徒たちの間に拡散されていった。


 さらに、拡散されたツイートを、広報部部員が匿名で登録している複数のグループLANEに投稿すると、日曜日の夕刻を迎えるまでには、校内の生徒の大半が、その情報を知ることになった。


 そして、日曜日の夕闇が迫る時間帯に、


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オープンスクールの

サプライズ告白は、

秋の学園祭のための予行演習


《デモンストレーション》


だったみたい!


黒田君の告白がガチ

じゃなかったのは残念だけど、

秋の学園祭が楽しみ!


#芦宮高校オープンスクール


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というツイートを流すと、


「黒田竜司の告白は、出来レース」


という説に信憑性が増したのか、その出どころ不明の情報を信じる者が増えていった。


 最後の学園祭に関するアイデアは、事情聴取の終わり際に、鳳花部長が出したものだ。


「黄瀬くんのアイデアを採用したついでに、黒田くんには、もう一仕事してもらいましょうか?」


 そう付け加える彼女に、ボクたち残りのメンバーは「なんだろう?」と、顔を向ける。


「今回の黒田くんの告白は、《予行演習》ということにして、秋の学園祭では、本当に告白する男女を募るっていうのはどうかしら? もちろん、司会は黒田くんにお願いするから」


 常に学内を盛り上げる企画を考えている生徒会副会長兼広報部の部長は、そんな提案をしてきた。


「そのアイデア採用! 告白の成功事例を提供できなかったのは残念だったけど……非公式なカタチでも、黒田くんの一世一代の告白を《デモンストレーション》ということにしておけば、学園祭の企画も進めやすくなりそうだしね!」


 副会長のアイデアに即決で賛意を示した寿生徒会長も、すっかりノリ気になっている。


「あの……オレの意思を聞いてもらうということはデキないんでしょうか……?」


 当事者の意向を確認することなく話しを進める上級生に対して、竜司は弱々しく反論を試みたのだけど――――――。


「ボクたちに確認を取らず、独断専行で企画を進めた竜司よりも、話し合う形で企画を立てるウチの部長や寿生徒会長の方が、まだしも民主的だと思うよ?」


 そう意見するボクの言葉に、親友はなす術なく、「わかったよ……」と、同意してくれた。

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