回想④〜黒田竜司と白草四葉の場合〜弐

(ポストに郵便でも届いたんだろうか?)


 そう考えて、リビングで遅めの昼食をとる前に玄関に出て、ポストを開けると、折りたたまれた一枚の紙切れが入っていた。


(郵便……じゃないのか?)


 怪しげに思いながら、折りたたまれた紙を開くと、可愛らしいデザインの横書き用の便箋にメッセージが書き込まれていた。


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黒田りゅうじクンへ


明日、東京に帰ることになりました。


午後三時十五分の新幹線に乗る予定です。


お話ししたいことがあるので


駅に来てくれると嬉しいです。


シロ


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(!)


 メッセージを目にした瞬間、心臓のあたりがドキリと鳴るのを感じた。


(やっぱり、向こうに帰っちまうのか、シロ……)


 ベッドで悶々と考えていたように、特にここ数日はシロに、お世話になりっぱなしだったので、離れ離れになる前に、せめて礼だけは言っておきたいが……。


(今の情けない自分が、シロに会って話せることなんてあるのか?)


 そんな想いが頭をかすめる。


「どうすりゃいんだ…………」


と、つぶやきを漏らしたあと、リビングに戻り、モソモソと昼食をとる。

 その後、母親のノートパソコンで、新幹線の時刻表を調べると、シロの乗るのぞみ号は、こちらの駅のニ十七番線から出発することがわかった。


(駅までなら、自分ひとりでも行けるけど……)


 新幹線のホームまで一人で行けるかどうかは、少し自信がない。

 母親に相談したものかどうか、悩みながら、オレは無造作にノートパソコンをたたみ、自室に戻った。


〜白草四葉の回想〜


 春休みの間、お世話になった伯父夫婦の家を離れ、自宅に戻る日が来た。

 テレビ局での収録が終わったあと、明らかに気落ちしていたクロに、わたしは、東京の自宅に帰ることになったという事実を告げることができなかった。


 さらに、その収録のあとから、クロが、なんとなくわたしのことを避けているような気がしたので、出発前日のこの日も、彼に会うチャンスがあるにも関わらず、便箋にメモを残してポストに入れるという消極的なメッセージの伝え方をしてしまった。


 もし、クロに、


「もう、放っておいてくれよ! シロとは会いたくないんだ……」


などと拒絶されたら、わたしは、立ち直ることができないのではないか、と思う。


 小学生とは言え、不確実な手段に頼らざるを得なかったのは、そんな自分の勇気のなさが原因でもある。


(こんなとき、お互いにスマホを持っていれば――――――)


 この時ほど、クロとダイレクトに連絡が取れない不便さと歯がゆさを痛切に感じたことはなかった。

 便箋に書いたメモを読んでもらえるだろうか?

 そして、クロに駅まで来てもらうことが出来るだろうか?

 そのことばかりが気掛かりで、わたしは、なかなか荷物の整理が手につかず、ダラダラと先延ばしにしてしまったため、出発できるだけの準備が完了したのは、結局、日付をまたいだ頃だった。

 不安な気持ちのままベッドで横になりながら、


(もしも、駅のホームにクロが見送りに来てくれたら、その時は――――――)


ある決意を胸に秘めると、気疲れのためだろうか、わたしは、いつの間にか眠りに着いていた。


4月6日(水)


〜白草四葉の回想〜


 伯父夫婦の家で迎える最後の朝、遅めの朝食をとって、スマホを触っていると、玄関のチャイムが鳴った。

 この日、平日にも関わらず、有給休暇を取って、わたしたちとのお別れ昼食会に参加してくれることになった伯父が玄関を開けると、


「兄さん、あの娘がお世話になったわね」


という馴染みのある声が聴こえてきた。


「お母さん!」


 わたしは叫んで、玄関に駆け寄る。


「心配掛けたわね、四葉。色々と大変だったけど……これからは、落ち着いて過ごせると思うわ」


 そう言って微笑みかける母の表情には、ここ半年ほどの気苦労と、それらのトラブルを片付けることができたことに対する安堵と自負が垣間見えた。


「あたらしいマンションは、あなたも気にいると思うわ」


 父との別居・離婚が正式に決まったと同時に、母はわたしたちが住む新居の手配をしていたようだ。

 センスの良い母の選択なので、新たな住まいとなるマンションを早く見てみたい、という思いはあったけれど、それ以上に、わたしには、気に掛かることがある。


 言うまでもなく、クロが、駅に来てくれるかどうか、だ……。


 そんなわたしの表情を見た母は、たずねる。


「どうしたの? やっぱり、あたらしい家での生活は不安?」


「ううん、それは、楽しみのほうが多いんだけど……もしかしたら、駅に見送りに来てくれるコがいるかも知れないから……」


 戸惑いながら答えるわたしに、


「え!? こっちで仲良くなった子がいるの?どんな子? お母さんにも紹介してくれない?」


 母親は、興味津々に聞いてきた。


「えっ……そんな……いきなり紹介って、それは、ちょっと……」


 突然の質問に面くらい、思わず照れて、はにかんでしまうわたしに、


「あっ、なに!? リポーターに交際報道について聞かれてる若手女優みたいな反応じゃない! もしかして、男の子なの? それなら、なおさら紹介してもらわないと!」


 格好の話題を見つけた、とグイグイ食い気味に迫る母。


「おいおい、若葉……いくら、自分が週刊誌やワイドショーの取材攻勢を受けて、ストレスが溜まってるからって……同じようなことを自分の子にしちゃダメだろう……」


 母を本名で呼びながら、苦笑した伯父が、やんわりと注意してくれた。


「――――――は〜い……」


と、軽く返事をして、少し舌を出したあと、


「ゴメンね、四葉。でも、話したくなったら、いつでも、聞かせて」


と、ウインクをしてみせた。

 年齢に似合わず、と言ってしまうと、激怒するだろうが、わたしは、母のこうした茶目っ気のある性格が大好きだったし、ここしばらく見られなかった、そんな彼女の可愛らしい部分が戻ったようで嬉しかった。


「お昼を食べる店には、一息ついてから出発しよう。今日は、美味しいランチをご馳走してくれるんだろう?」


 伯父が語りかけると、


「兄さんにも、ナオコさんにも、四葉のことだけじゃなくて、色々とお世話になったからね。今日は、奮発させてもらうわ」


「わあ! ありがとうございます、若葉さん!」


 母の返答に、伯母の奈緒子さんも喜びの声をあげ、伯父夫婦宅のリビングは、笑顔に包まれた。

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