回想④〜黒田竜司と白草四葉の場合〜壱

4月5日(火)


〜黒田竜司の回想〜


 カラオケ大会の番組収録が終わった翌日、オレは、自室のベッドの上で不貞腐れるように寝込んでいた。


 テレビ局での収録が終わったあと、気の抜けたように呆然としているオレを気づかったのか、真奈美さんのクルマで自宅に帰る時に、シロが色々と話し掛けてくれたのは覚えているが、放心状態だったので、彼女とどんな会話を交わしたのか、ほとんど覚えていなかった。


 自分の目線で見ても、そして、他人の目から見ても、オレが歌った『Twist and Shout』は、テレビ番組で披露するようなレベルに達していないことは明白だった。

いくら小学生でも、二日後には高学年になる自分には、そのことが痛いほど良くわかっていた。


 自宅での練習時のような実力が発揮できなかったのは、予定していたように母親が収録現場に来れなかったこと、初めてテレビ局に足を踏み入れてスタジオの雰囲気に飲み込まれてしまったこと、プロ顔負けの実力を持つ同世代のパフォーマンスに気後れしてしまったことなど、色々な要因が積み重なった結果であることは、自分自身でも認識できていたが、それらは、すべて言い訳に過ぎない。


 お話しにならないレベルで下手くそだった(母親やシロには言わなかったが、もちろん自覚はあった)オレの歌う『Twist and Shout』に対して、シロは、とても丁寧にわかりやすくレッスンをして、歌唱力の飛躍的な向上に手助けをしてくれた。


 さらに、番組収録の当日になって、母親が付き添いをドタキャンしたこと(仕事なので仕方ないことはわかっているが、当時のオレの主観ではそうとしか言えなかった)で、収録への参加を渋るオレを説得し、前向きな気持ちでテレビ局にむかうように、励ましてくれた。


 それにもかかわらず――――――。


 昨日のスタジオでの収録では、オレの歌う歌を『好きだ』と言ってくれたシロの期待に、まったく応えることができなかった。

 生まれてから十年あまりで、ここまで、自分自身に対して、情けなくて、悔しくて、腹立たしい気持ちになったことはなかった。


「穴があったら、入りたい」


という言葉があるのは、小学生のオレでも知っていたが、自分自身を恥じて、他人に顔向けできない時、本当にそんな想いにとらわれることを、この時の自分は、身を持って知ることになった。


(シロに、どんな顔をして会えばイイんだよ……)


(「あわせる顔がない」って、こういうことを言うのか……)


 そんなことを考えながら、オレは穴に入る代わりに、布団を頭から被って、自室のベッドに引き籠もっていた。

 そして、ロクに朝食も食べないまま、悶々とした時間を過ごしながら、


(でも、春休みが終わったら、もうシロには会えないのか……?)


という想いに至る。


 そう考えた時――――――チクリと胸を刺すような痛みを感じた。


 生まれてはじめて感じる、その不思議な胸の苦しさに、悶々とした想いは、さらに強くなる。


 番組の収録では、自他ともに感じているように、満足のいくパフォーマンスを発揮できなかった自分に比べて、シロは、これまで自分が見た中でも、最も素晴らしい歌声を披露していた。


 それは、目の前で彼女を見ていた自分に、


「スターというのは、こういう子のことを言うのだ」


ということを実感させるのに、十分すぎるほどの輝かしい姿だった。


(それに比べて自分は……)


 これまでの自分を振り返ってみると、父親が病死したことや、母親が多忙であるため、クラスの他の子供たちのように、学校行事に両親が参加できなかった時などに、


(どうして、自分だけ……)


と、寂しく想う気持ちはあったが、それはあくまで自分の周囲の環境がもたらす要因であった。


 しかし、今度の悔しさは、すべて自分自身の不甲斐なさ、情けなさが生み出したことだ。


(最後くらいシロにカッコイイとこ見せたかったな)


 シロと出会ってから、まだ十日たらずだったが、その間、少なくともカラオケのレッスンを受ける頃までは、自分とシロは、対等な関係を築けていたのではないか、と思う。

 ただ、下手くそなオレの歌の歌唱力向上に大きく貢献し、母親の不在にヘソを曲げたオレを激励して、最後は、同世代の小学生とは思えないような力強いパフォーマンスを見せたシロと今の自分には、比較できないほど大きな差ができたように感じる。


「なにげなく話してたけど、シロってスゲェやつだったんだな……」


 思わず感じたことをつぶやくと、口にした言葉があらためて実感として心に響き、切なさが、こみ上げてきた。


「ハァ……」


 ため息を一つこぼすと、グ、ググゥゥ〜と、腹の虫が鳴る。


(そう言えば、朝から、ほとんど何も食べてなかったんだっけ……)


 どこか、他人事のように感じながら、自室の壁掛け時計に目を向けると、針は午後一時を回ったところだった。


(さすがに、腹になんか入れとかないとな……)


 ノソノソと、ベッドから這い出して、階下のリビングに降りようと、自室のドアを開けようとした時、屋外で、コトン――――――と音が鳴った。

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