回想④〜黒田竜司と白草四葉の場合〜参

〜黒田竜司の回想〜


 シロの手書きのメッセージを確認した後、悶々とした気分で過ごしていたオレは、その気持ちを引きずったまま、翌日の朝を迎えていた。


 前の晩はベッドの中で、シロのことをウジウジと考え続けていたため、なかなか寝付けなかった。ようやく眠りに着いたのは、午前三時を回っていたため、この日、目覚めて自室の時計を確認すると、時刻は十時半を回っていた。


 ボーッとしたまま、朝食をとるために階下のリビングに降りて行くと、そこには母親の姿があった。


「おはよ〜。今日は、仕事休みなの?」


 寝ぼけまなこのまま、母にたずねると、すぐに答えが返ってくる。


「今日の出勤は昼からにしてもらったの。一昨日、急な出勤になっちゃったからね……今からメールをチェックして、お昼には家を出るから。それより、竜司!春休みも今日までなんだし、明日からは、ちゃんと起きなさいよ……」


 その小言に、「わかったよ……」と短く応え、食欲がわかないまま、軽めの朝食の準備をしようとすると、メールチェックのために、リビングに置いてあったノートパソコンを開こうとした母親が、


「あら? ナニ、このメモ」


と、独り言のようにつぶやく。


 つぶやきに反応し、そちらの方に目を向けると、母は一片の紙切れを手にしていた。


「あっ、それは……」


 母が見つけた紙片は、前日、ノートPCで時刻表を調べた時に置き忘れた、シロからのメッセージが書かれた便箋だった。

 便箋に書かれたメッセージを目にした母親は、あらためて、問い詰めるような形相で、オレを見る。


「竜司、これは、ナニ!?」


 そのようすに、気圧されながら、


「昨日、ポストに入ってた……シロが入れていったみたいだ」


なんとか、それだけを答える。

 すると、母は矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。


「ナニやってんの? それで、アンタはシロちゃんにお礼を言いに行ったの?」


 その問いに、小さく首を横に振って答える。


「この前、自転車で送って行ったんだし、シロちゃんがドコに住んでるか、知ってるんでしょ?」


 今度の質問には、首を縦に振って答えた。


「なら、サッサと準備して! シロちゃんが住んでるお家に行くよ! 四十秒で支度しな!」


 母は、そう言って、自家用車のキーを取りに行った。


 母親の言葉にうなずいたオレは、自室に戻って、パジャマ代わりにしていたシャツを脱ぎ、普段着に着替える。


 階上の自室から一階に戻ったついでに洗面所で顔を洗ったため、四十秒で支度するのは無理だったが、玄関で待つ母は、それ以上、急かすことはなく、


「準備はできたの? じゃあ、出発するよ」


と言って、玄関のドアを開け、車庫に駐車しているクルマに向かった。


 母の運転する自家用車に乗り込み、エンジンが回り始めた時、不安に感じながら、オレは気になったことを口にする。


「シロ、まだ伯父さんの家にいるかな?」


「もし、いなければ、駅まで行くしかないわね」


 オレの言葉に母は、素っ気なく返事をしたあと、言葉を続け、


「その時は、私も一緒に駅まで行かせてもらうから。竜司、シロちゃんにお礼を言わなきゃいけないのは、アンタだけじゃないの」


 そう言い終えてから、クルマをゆっくりとスタートさせる。


 オレの案内で自宅を出発し、五分ほどでシロの伯父さん宅の近所まで来ると、ハンドルを握ったままの母親がたずねてきた。


「この辺りでイイのね? シロちゃんが居たお宅は、どこかわかってるの?」


 母の問いに無言でうなずいたオレは、助手席から周囲を見渡し、他のクルマや通行人がいないことを確認して、車外に出る。

 

 先週、自転車で送って来たときに、シロが帰っていった家の門の前に立ち、緊張しながらチャイムを押したのだが――――――。

 

 屋内からの返事はなかった。

 数度、チャイムを押しても、状況は変わらなかったため、母の待つクルマに戻る。

気落ちし、肩を落としながら、再び助手席に戻ると、さっきと同じような淡々とした口調で、母親はたずねる。


「シロちゃんたちは、もう家を出ていたのね?」


 チカラなく、首を縦に振ると、


「仕方ない……竜司、駅に行くよ!」


 母は、そう言ってから、スマホを取り出して、どこかに電話を掛け始めた。


「あぁ、真奈美ちゃん? 申し訳ないけど、今日の午後の仕事は休ませてもらう、ってみんなに伝えておいてもらえない? 急ぎの用事は、私のスマホかメールに連絡するように言ってくれればイイから!」


 スマホの向こうから、「わかりました」という真奈美さんの声が聞こえたあと、母親が通話を終えたのを確認し、


「母ちゃん、仕事は良いのかよ……?」


おそるおそる、オレがたずねると、母は、微笑みながら答えた。


「私以外の、誰がアンタを駅まで連れて行くのよ? それに、シロちゃんにお礼を言わなきゃいけないのは、お母さんも同じだからね」


 その頼もしい答えに、無言でうなずいたオレを見ながら、再びアクセルを静かに踏んだ母親は、シロの伯父さん宅の家をゆったりと通り過ぎると、《小原》と書かれた表札を確認し、


「へぇ〜、小原真紅って、名字は本名だったんだ……」


と、つぶやく。


「誰それ? 有名なヒト?」


 そのつぶやきに反応したオレの一言に、母は、


「今の子どもは、もう知らないか……」


苦笑したまま息子の疑問に答えることなく、独り言のように語る。


「シロちゃんの乗る新幹線は、午後三時十五分出発だったわね? 三時には、駅のホームで彼女を探せるようにしておかないと……」


 オレが、その言葉に反応してうなずくと、母は、


「竜司、シロちゃんに会ったら、アンタが伝えたい言葉をキチンと考えておきなさいよ」


と言って、さっきよりも力強くアクセルを踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る