回想②〜白草四葉の場合その1〜拾弐

 すると、彼は、わたしの言葉に反発を覚えたのか、


「な、なんだよ……笑うことねぇじゃん……!? シロは、歌うのが好きみたいだから、わかってくれると思ったのに……恥ずかしいから、ソウマにも言わなかったのにさ……」


少し拗ねたような口調で語る。

 その最後の一言を聞き逃さなかったわたしは、


「ソウマ君にも言ってないの?」


と、聞き返す。

 クロは、「あぁ……」と、やや不機嫌そうに返事をして、


「あいつは、こう言う時、『竜司って、ホント単純だよね〜』とか言って来るからな……」


と、答えた。


(へぇ〜、仲の良い友だちにも言ってないことを、話してくれるんだ……)


なぜか、気分が良くなったわたしは、


「そうなんだ! 笑っちゃってゴメンね……わたしは、いま言ってくれたこと、クロらしくて良いと思うよ! いつか、クロがパレードで『ツイスト・アンド・シャウト』を観てみたいな」


と、優しい笑顔でクロに応えた。

 すると、彼は、「そ、そっか……」と、照れたように左手で首筋のあたりを掻きながら、


「いつか、ちゃんと歌えるようになったらな……」


と、つぶやく。

 わたしが、口にしたことは、クロを励ますための社交辞令のつもりだったのだが、どうやら、自分が思った以上に前向きな言葉として捉えられたようだ。

 

 それでも――――――。


 わたしは、そんなクロのようすを、とても好ましく感じていた。

 なぜなら、これまで、危険をかえりみずにスマホを拾いに行ってくれたり、今日のカラオケに誘ってくれたりしたように、わたしが困ったときや、したいと思ったことについて、クロは躊躇なく手助けをしてくれた。

 そんなクロだからこそ、彼が本気になれば、彼自身の願いを叶えることなど、難しくないのではないか、と考えたからだ。

 それに、なにより、(ここが重要)に対して、無垢なようすで、自分の夢を語るクロのことを、とても可愛らしく、愛おしい、と思えたから――――――。

 彼の一言に、


「うん! 楽しみにしてるね」


と、さっきよりも、明るい声と表情で応じると、クロは、さらに照れたようすを見せながらも、


「おう! まかせとけ!」


と、断言した。

 自分の一言で、がんばってくれる男の子がいる――――――。

 そのことに、わたしは、異様に胸が高鳴るのを感じた。

 スマホ紛失の危機を救ってくれたり、聖地巡礼や自宅でのカラオケに誘ってくれたり、と知り合ったばかりとは言え、クロは、わたしにとって、十分にイイひとだったのだが……。

 上手くは言えないが、自分の中で、彼が、に変わっていっているような気がした。

 その感情の正体が何なのかを考えようとしていた、その時――――――。

 カラオケ用ルームのドアがノックされ、続いて、


「りゅうじ〜! 誰か、お友だちが来てるの〜?」


という声がした。


4月15日(金)


 過去の思い出にひたるかのように瞳を閉じていた白草は、静かに目を開いた。


「懐かしいね……クロと初めて出会ったのも、この場所だったよね……クロ、覚えてる?」


「当たり前だろ! オレにとって、大事な思い出なんだぜ!?」


 シロの問いかけに間髪入れない間で答えると、彼女は、「えっ!?」と、驚いたような表情をしたあと、


「そっか……そうだったんだ……」

と、つぶやいて、うつむき加減になり、少し嬉しそうに微笑んだように見えた。

 そして、


「わたしにとっても、あの春の出来事は、大切な思い出……でも、あの時、スマホを拾いに行ってくれた男の子に、恋愛のアドバイスをすることになるとは思わなかったな〜」


と、言葉を続けて、クスリと笑う。

 その表情につられて、自分も微笑を浮かべながら答えた。


「そうだな……オレも、あの《みくる池》の隣にある高校に通って、また、シロと再会できるとも思ってなかった……」


「――――――でも、また、こうしてクロと話すことが出来て良かった……クロは、どんなことにも一生懸命で、あの時と変わってない……色々と言わせてもらったけど、紅野サンのことでも、がんばってるクロはカッコ良かったよ」


「いや、それは、シロの……白草四葉のアドバイスのおかげだ! シロが、いろんなことを教えてくれていなかったら、オレは、今でも春休み前の失敗を引きずったままだったと思うから。シロには感謝してる。本当にありがとう」


 オレが、そう言うと、彼女は、再び「そっか……」と、つぶやき、


「うん……クロは、ホントに良くがんばったと思うよ! わたしに教えられることは、もう無いかな。あとは、クロ自身が行動するだけ……」


と言って、笑顔を見せた。

 ただ、その表情は、何故か寂しげに曇っているように見える。

 その顔色が気になりつつ、彼女に、


「色々とアドバイスをもらったし、シロ、何かお礼をさせてくれないか?」


と、声を掛けた。

 すると、彼女は、少し強張っていた表情を、フッと崩して、


「え!? いいの?」


と、弾んだ声で返答し、いつもの余裕たっぷりの面持ちで、


「それじゃあ……今度、お買い物に付き合ってもらおうかな? から、プレゼント選びを手伝ってくれない?」


と、たずねてくる。

 それは、一週間前に転入生として自分たちの前にあらわれた、白草四葉らしいモノだった。


「ああ、わかった!」


 オレは、その申し出を快く引き受けながら、彼女の言った、と言う言葉が気になり、自分自身の気持ちについて、考えを巡らせる。

 そんなオレの表情を観察するように見つめていたシロは、何かを察したかのように、一瞬だけ瞳を閉じて首をタテに振り、


「クロ、覚悟は決まった? 告白する決心がついたなら、黄瀬クンに連絡して計画を進めよう?」


と、提案してきた。

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