第2章〜白草四葉センセイの超恋愛学概論〜②

 その問いに、彼女は、「良くぞ、聞いてくれた!」と、言わんばかりのキラキラした表情で、自信満々に答える。


「それが、今回の企画の重要なテーマ! 題して、『上手に好きバレさせながら相手に意識させる方法!』具体的な手法というか、テクニックについては、これから詳しく説明していこうかな、って考えてるところ」


「へぇ〜、それは楽しみかも」


 期待に満ちた表情で応じる壮馬に対し、オレは「う〜ん」と、一言発したまま、こわばった表情を崩せないままだ。

 そんなオレたち二人のそれぞれの反応をよそに、恋愛アドバイザーの講義は続く。


「黒田クンの話しの中で気になった点の二つ目は、相手の状況をキチンと把握していたのか、ってコト。黒田クンさ……そもそも、紅野サンの恋人の有無や片想いの相手がいるかどうか、リサーチはしてた?」


 急に自身に向けられた問いに、オレは戸惑いながらも、自分の失態を告白するかのように答える。


「――――――いや……それを確認する前に、告ってた」


 その返答に、なぜ、男子は、みんなこうなのか……と、あきれた表情の白草は、


「でしょうね……」


と、苦笑しながらつぶやき、ふたたび壮馬に話しを振った。


「ちなみに、黄瀬クンは、紅野サンのその辺りの事情について、何か知っていることはある?」


「あ〜、そこのトコロは、ボクもまったくわからないな……個人的には、紅野さんに付き合ってる男子が居るようには見えないケド……」


 親友の返答に、


「だ、だよな!!」


と、それまで気持ちが沈み気味だったオレは、すがるように同意する。

 しかし、こちらの前向きな問いかけにも、壮馬は自身の見解を根拠の薄いモノだとキッパリと答えた。


「いや、あくまでボクには、そう見える、ってだけで……当たり前だけど、ホントのトコロは、紅野さん本人か仲の良い天竹さんにでも聞いてみないとわからないよ?」


 その返答には、「そ、それもそうだな……」と、再びうなだれるしかない。

 そんなオレたちの会話を聞きながら、白草は、こう続けた。


「それに、問題は、相手に意中のヒトが居るかどうかだけじゃないよ……紅野サン自身が、『勉強や部活に打ち込みたい』って、考える性格だったり、いまはそういう時期だと考えているなら、恋人や気になるヒトの存在の有無に関係なく、告白の成功率は低くなるよね?」


 彼女のその言葉に説得力を感じ、「確かに……」と、感心するようにうなずくしかない。

 その間も、壮馬は、自称・恋愛アドバイザーの発言内容から参考になる箇所をドキュメントアプリに記録している。


 そして、こちらの反応を確認し、満足したようすの白草は、


「今の例えでも、納得してもらえたかも知れないけど……今度は、具体例を出そうかな。二人に分かりやすい例がイイよね?」


と言ったあと、こんな問題の提示を始めた。


「小学校四〜五年生の女の子と男の子がいます。女の子は、映画やドラマの影響を受けて、恋愛に興味を持ち始めた年頃……一方の男の子は、マンガやゲームに夢中で、まだそうした事に関心が薄い……そんな状況でも、女の子は男の子に、『あなたが好きです』と伝えた。当然、男の子の反応は、芳しくない……ここで、黒田クンに答えてもらいたいんだけど、この場合の女の子の失敗の原因はナニ?」


 これまでになく真剣な表情で、回答者に迫る白草。

 唐突な出題に、やや戸惑ったものの、オレは真剣な表情で考え、答える。


「男の子は、マンガやゲームに夢中で、恋愛にあまり興味がない、って言ったよな? 自分のガキの頃のことを考えても、男の子の立場に立てば、その時期に女の子に好意を伝えられても、どうして良いかわからなかったと思うんだ。告白する前に、相手が恋愛に対して、ナニを考えているのか、どう向き合っているのかは知っておく必要があるよな……まぁ、それを小学生の女の子に理解しろ、っていうのは難しい話かも知れんが……」


 こんなふうに、彼女から出題された問いに真面目に回答したあと、「うわ〜」と、声を上げ、


「オレの行為は、小学生レベルだったって、ことか……」


と、つぶやき、オレは頭を抱えた。

 オレが反省するようすに、自身の発したメッセージがシッカリと伝わったと認識したのか、白草は満足したようにうなずく。

 そして、これまでの会話を総括するように、アドバイザーは断言した。


「じゃあ、三つ目……今日の指摘は、これで最後にしておくね。ここまでの話しをまとめて言えることだけど……そもそも、告白は、『二人の関係性の確認作業であって、一発逆転や急速接近を狙うモノではない』ってこと」


 さらに、ここが重要なポイントだと判断したのか、壮馬も、素早く彼女の言葉をタイピングしていく。

 一方、またもオレは、「えっ? どういうことだ!?」と、困惑するばかりだ。

 すると、こちらの表情を確認した四葉は、


「どうやら、また、『納得いかない』って、顔ね……」


と、苦笑いを浮かべたあとに、


「この例えで、理解してもらえるかわからないケド……」


そう言いながら思案顔でつぶやき、再び語り出した。


「たとえば、金額の高いモノを買い物する時には、契約書にサインをしたりすることが多いと思うけど……わたしは、愛の告白をこの契約書みたいなモノだと考えてるの。モノの売り買いの場合、売るヒトと買うヒトが、それぞれ、納得して契約書にサインする。売る方はモチロン、買う方も、自分が商品を購入する意思があることを納得済みなら問題ないよね?」


 白草は、オレの表情を確認しながら、解説を続ける。


「でも、売る側が、契約内容や金額の説明を十分にしないどころか、販売する素振りをまったく見せないまま、『良い商品だから、サインしてください!』なんて、いきなり契約書を出してきたりしたら、買う側はどんな気持ちになる?」


 彼女の問いに、今度は、思案しながら、慎重に言葉を紡ぐ。


「それは……商品を押し付けられた、というか……『押し売りにあった』っていうのか? そんな気持ちにさせられる、と思う……」


 こちらの回答に、白草は満足気に、「ウンウン」とリズム良くうなずきながら、自身の考えを述べる。


「だよね……? 理解してもらえたようで、良かった! そこで……これから、わたしは、成功率を高めるための『告白前の準備段階』と『告白するのに効果的なタイミング』について、アドバイスをさせてもらおう、と考えているんだけど……」


 その言葉に、オレは「そうか……それは助かる」と、感謝の言葉を述べながらも、


「けど……一度、フラれてるのに、またしつこく告白しても、大丈夫なのか……?」


と、懸念を示した。


 憂慮するオレの言葉に、今度は、壮馬も「うんうん」と、うなずいている。


 言うまでもないことだが、よほど肝が座った人間か、周りが見えていない性格でもない限り、一度、想いを告げて断られた相手に、再挑戦するのは、とても勇気のいることだ。

 あまり、ひつこく迫って、ストーカー的な警戒心を抱かれたくはないし……。


 すると、白草は「黒田クンが心配する気持ちもわかるけどね……」と、穏やかな表情でつぶやいたあと、


「片想いが実らなかったり、恋人と別れたり……一般的に言われる『失恋』の場面に遭遇した時、多くのヒトは、『しばらくの間、恋愛は良いかな……』と、失恋が尾を引いて、次の恋については考えたくない『恋愛クールタイム』の時期に入ることが多いもんね」


と、自身の経験を思い出すような面持ちで、独り言のように語り始めた。


「これは、その恋愛で消費した心理的エネルギーを充填する期間でもあるし、相手に何度もアタックして『しつこい』と思われたり、逆に軽々しく他の異性に目を向けたりして、『節操がない』と周囲に見られてしまうことを避けるために、内面的にも、対外的にも、必要な期間でもある」

 

 そう言って、一人でうなずきながらも、白草は、揺れ動く思春期男子の感情に対して同情を示してくれているようだ。


 だが――――――。

 

 自称・恋愛アドバイザーは、不安気に彼女を見つめるオレに対して、


「でも、心配しないで……」


と、柔らかな表情をつくり、励ますように語る。


「黒田クンなら、大丈夫! 今回みたいなケースの場合、告白を断ったあとで、相手のことが気になり始めた……って、ケースも少なくないから! たとえば、『フッてから異性として見るようになった』ってこともあるし、『相手が好みの容姿に変化した』って場合や、『告白のあとでも、変わらない優しさに惹かれた』ってこともね!」


 その言葉に救われたような想いになり、オレは安堵を覚えた。

 すると、彼女は、表情を一変させ、


「あとは…………告白してきた異性が、『他のヒトと付き合い始めたのを知って、気になるようになった』とかね……」


そう口にして、悪戯っぽく微笑んだ。

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