第3話

 この押入れの中にも夏の鋭い朝日が射し、後に外が騒がしくなり、そして静かになった。


「宗次様や」


 彦次郎のか細い声を聞いて、押入れから恐る恐る顔を出すと口の周りに血が盛大に付着している彦次郎の顔があった。

「皆には内緒だったが、実はお武家様には桜木という娘はおりません」

布団部屋の中央に私は彦次郎の用意した。夕餉も喉を通らなかった。

「昔話になりますが。お武家様は代々、桜木という娘に憑りつかれていたのだそうです。それは桜木は美しい娘だったようで。勿論、お武家様は最初は歓迎して迎えていたのですな。だが、夏になると人々がこっそりと変死をしていたのです。桜木はお侍様が斬っても死なず。そこで、お坊さんが調べてみると、桜木はお武家様に恨みのある娘だったようです。なんでも昔お武家様に反発していた者の娘だったようで、正確なことは解らずじまいだが、桜木という娘は姫島流罪だったそうな。桜木は後に川に毒を流して大勢を殺し、夏の日に自らも毒を飲んで自害してしまったという可哀想な話だ。それから、お武家は桜木に祟られたようですな。後に慶応元年に偉いお坊さんがここ幽玄の里に越してきてな。私の代までは夏の日には何事も起きなかったのだがなぁ……宗次様の父と母が変死した後。きっと、宗次様を好きになったのだな……いやはや、女の恋心とは怖い……」


 彦次郎は静かに目を閉じた。


「そのお坊さんが死んで、この東屋の先代が引き取ったのだそうで。そう風呂敷包みを……」

 彦次郎は血の気の失せた顔をして、私に番茶を勧めた。


「おいおい。泣いてないで。さっ、さっ、冷たい番茶を飲めや」

気が付くと私は勧めた番茶を叩き、子供のようにわんわんと泣いていた。

「もう、生きていたくない!」

 私も桜木の顔が目に焼き付いていた。

 あの、この世のものとは思えない。世にも美しい顔を……。

 見ると、番茶の行方には風呂敷包みがあった。

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幽玄の里 主道 学 @etoo

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