第24話 至宝は魔王の元で輝く
翌朝、ヨアンのためにマカロンを焼くフェリシアの肩には、”ヨナ”と名づけられた蝶のような姿の使い魔がとまっていた。小人のような姿の使い魔には”ロイ”、蜥蜴のような姿の使い魔には”リム”と名前がついた。
ロイとリムは城内の掃除中、ヨナは既に自分の持ち場を終えてフェリシアの肩で休憩中のようだ。
朝食の準備をするユーゴと二人、キッチンで作業をしていると、ナイトガウンを羽織った寝間着姿のヨアンが顔を出した。ヨアンのいつもの起床時間よりもだいぶ早い。
「おや、ヨアン様、おはようございます」
ユーゴの声にフェリシアが顔を上げると、やや眠たそうな目をしたヨアンと目が合った。
「まあ、ヨアン様、おはようございます」
驚きながらも笑顔で挨拶をしたフェリシアを、ヨアンが瞬きをしながらじっと見つめている。目の前にいるフェリシアが幻ではないことを確認するかのようなその様子に、ユーゴが苦笑いをした。
「大丈夫ですよ、ヨアン様。フェリシア様はちゃんとここにいらっしゃいます」
ヨアンが慌てたように咳払いをする。
「ああ、そうだな。おはよう、フェリシア、ユーゴ」
どうやら、ふと目覚めた時に昨日のことがすべて夢だったのではないか、と不安になったヨアンは、フェリシアの姿を確認するためそのまま起きてきたようだ。なんだか可愛らしいその様子に、フェリシアも頬をほんのり染めながら、幸せそうに微笑む。
「私も、同じことを考えました。目覚めた場所がこのお城だとわかって、とっても安心したのです」
フェリシアの言葉に、ヨアンの表情も穏やかな喜びで満たされていく。
「でも、ヨアン様、もう少し休まれた方がよろしいのでは?昨夜も遅かったのですよね?」
フェリシアが心配そうにその顔色を覗き込むと、ヨアンが首を振った。
「いや、せっかくフェリシアがいるのに、もう一度眠るなんてもったいなくてできない。今日もお菓子をありがとう。マカロンなら、外に持っていくこともできるだろう?早めに鍛錬も終えるから、また一緒に出掛けよう」
ヨアンの誘いに、フェリシアも嬉しそうに頷く。
「嬉しいです。ありがとうございます。でも、午後は少し休息を取ってくださいね?」
「わかった。じゃあ、今日の読書はリビングルームでしてもらってもいいか?俺はソファで横になる」
「はい。そのように」
フェリシアの答えに満足気に目を細めて頷くと、ヨアンは身支度へと下がっていった。その後ろ姿を見送りながら、ユーゴがくすくす笑う。
「ヨアン様、フェリシア様と少しも離れていたくないんですよ。しばらくはちょっと鬱陶しいかもしれませんが、どうか付き合って差し上げてください」
フェリシアが慌てたように首を振る。
「鬱陶しいなんて、とんでもない。私もご一緒できることが嬉しいのです」
その言葉を聞いて、ユーゴが安心したように頷いた。
「私も、お二人が一緒にいるお姿を見られることがとても嬉しいです」
少し恥ずかしそうなフェリシアと、穏やかな表情のユーゴ。二人は顔を合わせて、ふふふ、と笑った。
森を散策して帰城し、少し遅めの昼食をとったフェリシアとヨアンは、リビングルームのソファでくつろいでいた。
フェリシアは図書室から持ってきたお気に入りのシリーズの本を読み、ヨアンはその向かいで休んでいる。眠そうにしながらも、首の落ち着きが悪いのか何度も体勢を変えているヨアンを見ていたフェリシアが、思い切ったように大きく息を吸い込んで言った。
「あ、あの、私の膝でよろしければ、お貸ししましょうか…?」
その途端、ヨアンがぎょっとしたような顔をして頭を上げる。フェリシアはその顔を見た瞬間、大それたことを言ってしまったと後悔した。みるみる顔が赤くなっていく。
『ど、どうしましょう。少しでもヨアン様に休んでいただきたかったからって、とっても大胆なことを言ってしまいました…。やっぱり取り消させていただけないかしら…』
しかし、もう遅い。ヨアンの表情が驚き戸惑いながらも期待に輝いているのを見て、引っ込みがつかなくなってしまった。
「い…いいのか?」
ヨアンはフェリシアの顔を覗き込むように見つめ、様子をうかがっている。
『こんな期待したお顔をされたら、今さらやっぱり…とは言えないわ…』
フェリシアは首まで薔薇色に染めながら、意を決したように頷いた。
「ど…どうぞ」
フェリシアはソファの隅に移動して、膝の上を空ける。ヨアンが向かいのソファから移動してきて、躊躇いがちに横になった。膝の上にヨアンの頭が触れた瞬間、フェリシアの身体が思わずびくり、と強張る。
「大丈夫か…?」
緊張で身体がガチガチになっているフェリシアを、ヨアンが膝の上から見上げてくる。
『だ、だめだわ、私がこんな状態では、ヨアン様がゆっくり休めない…。でも、こんな風に見上げられたら…』
ヨアンの前髪が流れ、形の良い額が覗いている。見慣れないその様子に、心拍数が上がり過ぎて苦しい。
フェリシアは両手で顔を覆いながら、横を向いた。
「だ、大丈夫です。ちょっとだけ…、落ち着くまで時間をください…」
「ああ、もちろん。――でも、フェリシアの膝の上は心地良い」
ヨアンが身体を横向きにして目を閉じた。ヨアンもフェリシアとまではいかないが、やや身体を緊張させているのがわかる。
顔の向きが外側になったことと、直接目が合っていない状態になったことで、やっとフェリシアは落ち着きを取り戻し、深く息を吐く。だんだんと身体の緊張が解れ、それを感じ取るようにヨアンの身体からも緊張が抜けていく。
『思わず自分で言い出してしまったこととはいえ…。でも、ヨアン様がこれで少しでも身体を休めることができれば…』
ヨアンは身体の力が抜けてうまく体勢が落ち着いたようで、そのままことりと眠りに落ちた。やはり、睡眠時間が圧倒的に足りていなかったのだろう。
『綺麗な横顔…。睫毛、長い…』
すうすうと寝息を立て始めたヨアンの顔に見惚れながら、起こさないように、そっと乱れた髪を整える。無防備な寝顔さえ、うっとりするほどの美貌。漆黒に輝く髪と白く美しい肌のコントラストに、ため息が漏れる。
愛する人が自分の膝の上で眠っているというのは、何と幸せなことだろうか。
呼吸に合わせ規則正しく上下するヨアンの胸の動きを見ているうち、フェリシアの目もとろりとしてくる。いつの間にか集まってきていたロイやヨナ、リムも、ヨアンの足元やフェリシアの肩で眠り始めた。
王城から届いた書簡を手にリビングルームを覗き込んだユーゴが、その幸せな光景を前に目を細める。
『ヨアン様お待ちかねの、王家の紋章が入った婚約誓約書が届きましたが…。これはまた後ほどお渡ししましょう』
ユーゴは微笑みを湛えながら、ブランケットを取りに下がっていった。
フェリシアとヨアンの婚約が正式に成立してから半年後。王都の大聖堂には、多くの国民が王族の結婚を祝福するために集まっていた。
「あの陽炎姫様が、まさか魔王様とご結婚なさるとはねぇ」
「魔王様は国王陛下の異母弟なんだろう?どんな人なんだ?」
「さぁ…。恐ろしい人だって噂だったけど、陽炎姫様は脅されでもしたのかな」
これまで一度も公の場に姿を現したことのないヨアンは、相変わらず恐ろしい噂だけが独り歩きしているようだ。それでも、至宝と名高かったフェリシアの姿見たさに集まった民衆の数は、他の王族の結婚式の比ではなかった。
「陽炎姫様、以前一度だけ遠くからお見かけしたことがあるけど、本当に女神様みたいにお綺麗でさあ。王太子殿下の婚約者だったのに、魔王様と一緒にならなきゃいけないなんて、お貴族様も難儀なもんだよなぁ」
「また王太子殿下と婚約すりゃ良かったのにな」
「俺らにはわからない、しがらみってやつがあるんだろ」
──カラーン、カラーン──
大聖堂の鐘が鳴り響く。
「あ、ほら、お式が始まったんじゃない?もう少ししたら、陽炎姫様のお姿が見られるよ」
「ついでに魔王様のお姿もね」
「どんな方かねぇ」
色とりどりの花が散りばめられた深紅のバージンロードを、クリストフにエスコートされたフェリシアがゆっくりと進む。
繊細なレースが華奢な肩を美しく包み込むオフショルダーのウェディングドレスは、細い腰が際立つマーメイドライン。オーガンジーが幾重にも重なるフリルのロングトレーンが可憐で、フェリシアの秀麗皎潔さを引き立てている。
視線の先には、すらりと引き締まった長身を真っ白い正装で包んだヨアン。艶やかな黒髪と紅玉の瞳が白に映え、こちらも見る者すべてを魅了する美しさだ。
列席していた貴族たちは、悪魔のような面を被ったヨアンの姿しか目にしたことがなく、最初にヨアンが入場してきた時にはあまりに完璧な美貌を前に皆唖然として固まっていた。
誓いの言葉に続き、指輪の交換が行われる。大切そうに互いの手を取り、指輪をはめてゆく姿に、クリストフが目を細めた。隣で亡き妻マルグリットと、亡き息子ベルナールも見守っているような、不思議な感覚を覚えていた。
フェリシアのヴェールをゆっくりと上げたヨアンが、愛おしくてたまらないという瞳でフェリシアを見つめ、優しくキスをする。
「絶対に幸せにする」
フェリシアの瞳に、喜びの涙が光った。
「ここに、我が弟ヨアン・ド・ラ・ドゥメルク公爵ならびに、デュプラ侯爵家長女フェリシア・ド・デュプラが夫婦となったことを宣言する!」
国王の宣言に、拍手が沸き起こる。
笑顔で拍手を送るアレクシスの姿も、クリストフに抱き上げられて満面の笑みで手を振るマクシムの姿もあった。
二人が大聖堂のバルコニーに姿を現すと、民衆から大きな歓声が上がる。
「ご結婚おめでとうございます!」
「末永く、お幸せに!」
「フェリシア様、おめでとうございます!本当にお綺麗ー!」
祝いの言葉が飛び交うなか、至宝と称され、国色天香と名高いフェリシアの隣に立つ、これまた絶世独立の美丈夫の姿に、どよめきが起こった。
「えっ!あれが、魔王様!?」
「ちょっと!魔王様ってあんな美しい方だったの!?」
「あんなに美しいご夫婦が存在するなんて、信じられない…。同じ人間とは思えないわ…」
二人に続き、バルコニーに国王が姿を現したことで、どよめきがすっと引いた。
「国民たちよ、本日、我が弟ヨアン・ド・ラ・ドゥメルク公爵と、デュプラ侯爵家長女フェリシア・ド・デュプラは夫婦となった。ドゥメルク公爵は、その比類なき魔力により、10年以上もの間たった一人で国境を守り続けてきた功績を持つ者だ。そして、それはこれからも続く。我が国の守り人たるドゥメルク公爵と、それを支える至宝ドゥメルク公爵夫人に、幸多からんことを!」
国王の言葉に、民衆から歓声と拍手が沸き起こる。
「ドゥメルク公爵、ドゥメルク公爵夫人、万歳!」
ヨアンは、今まで自分に向けられたことのない多くの畏敬と感謝の念に、戸惑いを隠せない様子で横に立つフェリシアを見つめた。フェリシアが笑顔で頷く。
『これが、ヨアン様に向けられるべき正当な感情です』
と瞳で語る。ヨアンも頷き返し、ぐっと顔を上げて前を向いた。自分こそがフェリシアの夫だと、胸を張りたかった。
民衆に向かってヨアンが手を振ると、歓声と拍手が一際大きくなる。
「フェリシア、俺は、もっと君に相応しい男になれるよう、さらに精進する。誰からも至宝を手にするに値する男だと認められる存在に、必ずなる」
祝福を受け、あらためての決意を口にする。どんな目に晒されることになろうと、もう逃げる気はさらさらない。正面から受け止めて、評価を覆してみせる。
「私の方こそ、ヨアン様の隣にいることが相応しい女性になれるよう、精進いたします」
フェリシアも頷き返し、二人は笑顔で見つめ合った。お互い同じ気持ちでいることが、強い絆で結ばれていることが伝わってくる。かけがえのない、唯一無二の存在。
「愛してる。永遠に」
大きな祝福に包まれながら長い長いキスを交わす二人を、どこまでも澄んだ青い空が明るく照らしていた。
黄泉がえり陽炎姫は最恐魔王に溺愛される 彪雅にこ @nico-hyuga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます