散歩 ②

「あ! 好絵ちゃーん!」

「おお! そこにいるのは助手ちゃんじゃーん。いえーい」

 外周のところどころにある広場のうちの一つ。ベンチや藤棚が設置されているわけではないが代わりに満遍なく芝生が敷かれている、花見やピクニックに丁度良い広場。

 好絵ちゃんはそこで丁度良い大きさの岩に腰掛けながら、池の風景を写真に収めていた。

「いえーい!」

 助手ちゃんはそんな好絵ちゃんに近づいてハイタッチ。

「初めまして。いつも助手君がお世話になっています」

 遅れて先輩も合流し、社交辞令に則った固い挨拶を送る。

「あっはは、「お世話になっています」って助手ちゃんのお父さんみたいじゃん」

 そんな先輩の言葉に好絵ちゃんはお腹を抱えて笑う。苦笑する先輩には悪いが、その通りだなと助手ちゃんは強く思う。関係性上この対応が正しいのだろうが、年頃の男子高校生とその言葉のミスマッチ感が好絵ちゃんの琴線に触れたようだ。

「えー先輩、こちらが三年生にして私たちの学校の唯一の美術部員の好絵ちゃんです。好絵ちゃん、こっちが私がいつも話している雇用主の先輩です」

 今なお笑い続ける好絵ちゃんに助手ちゃんは簡単な紹介を済ませる。

「はーまじウケる、お腹イタい。……はふぅ。……それじゃ改めて、よろしく!」

「よろしくお願いします。好絵先輩」

 言って先輩はすっと手を差し出した。好絵ちゃんは始め困惑したが、握手を求められているのだと理解し手を結ぶ。孤独な絵描きと変態的実験愛好家、一見すると接点などないはずの二人の握手。その架け橋である当の助手ちゃんは、この世にまた新たな関係を繋いだ喜びを味わいながら同時にこうも考える。

「先輩の挨拶って固すぎません?」

「それはそう」

「そ、そうですかね」

満場一致だった。

「そーいやさー。助手ちゃんたちはここで何してたの?」

 好絵ちゃんは先輩と握手していた手を解いて助手ちゃんに訊いた。相手が助手ちゃんなので別段期待はしていないが、休日の昼間に男女が屋外でぶらぶらと歩いている。返答によっては茶化してやろうという魂胆だ。

「んー。いや特になにかしてたわけじゃないよ。ただてきとうに歩いて話してただけかな。超能力がもらえるんならどんなの使いたいかーとか」

わかってはいたことだが、彼女らからは変な初々しさは一切感じられない。むしろてきとうに歩いていたなんて熟年夫婦感がある気がしないでもないが、熟年だとそれはそれで囃し立てにくい。真顔で否定されるのがオチなのだ。

「あー、……確かに今日は歩いてるだけでもめっちゃ気持ちいいもんね。こう、身体の真ん中からパワーが生まれる気がするし」

 ほんにゃりとした面持ちを浮かべながら心臓のあたりを撫でる。きっとそこからなにかがじんわりと全身に広がっているのを感じているのだろう。

「今ならすーぱー好絵ちゃんにもなれそう」

 ハッとなにか悟ったような顔をして好絵ちゃんは言う。突然出てきた『すーぱー好絵ちゃん』とはなんなのかとか、いきなり何言ってるんだろうなど色々疑問はあったけど、とりあえず助手ちゃんはこれから質問することにした。

「すーぱー好絵ちゃんになったらなにができるの?」

「さぁ? わかんない」

 好絵ちゃんは頭の後ろで腕を組んでニカッと笑い、おどけた調子でそう返す。

「わかんないけど空とか飛べんじゃね? 昔から雲みたいに飛びたいなって思ってきたし」

 遙か大空を流れる白い雲達を好絵ちゃんは目で捉える。明日になれば彼らの形など忘れているのだろうが、それでも彼らへの強い羨望が心で波打つ。

「ああでも、白い翼はいらないなぁ。絵の具の汚れ目立っちゃいそうだし」

 放った言葉の悉くが、空に風に自然の中に溶けてゆく。

 結局この後、すーぱー好絵ちゃんの詳細が語られることはなかった。

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