散歩 ③
「あれは……、会長さんですかね?」
「そうみたいだね」
前方からさらっさらの金毛のゴールデンレトリーバーを連れた会長さんが歩いてきた。
小さいスコップなどが入ったカバンを提げているところをみるに散歩中なのだろう。
「よっ。ここに来てるってことはそっちも散歩中ってわけか」
会長さんは片手を上げて軽快な挨拶を飛ばす。
それに対し、先輩は同じように片手を上げて微笑み返したが助手ちゃんは挨拶もそこそこにワンちゃんの方に興味を移した。
「こんにちは。おっきなワンちゃんですね。会長さんが飼ってるんですか?」
助手ちゃんはワンちゃんと目線を合わせ、触っても良いか確認を取った後で前足の付け根部分ををもみもみ撫でる。
「そうそう。名前はゴールド。かっこいいだろ」
ゴールドは腿をわしゃわしゃと揉まれて心地よさそうに目を細める。つられて助手ちゃんもにへらと笑ってしまった。
「いやー、それにしてもゴールド君はおとなしいですね」
見知らぬ人に触られているというのに、ゴールドは逃げも吠えもせず静かに構えている。これがネコ科ならば、もうすでに腕に爪痕ができたとしてもおかしくない。
「ふふふ。ゴールドは賢いからね。芸もいくつかできるんだ。例えば、『座って』」
会長さんの言葉を聞き、それまでただ撫でられることに徹していたゴールドは後ろ足を曲げて座る。
「『立って』。『ごろんして』。『まわって』――」
会長さんの支持を受けてゴールドは後ろ足で立ち、次に寝転んで、そして起き上がりくるくる回ってといくつもの芸を披露してくれた。これもひとえにゴールドと会長さんが紡いできたキズナが見せるものなのだろう。
「そして最後に――『GO!』」
会長さんは少し溜めたそれを助手ちゃんを指さしながら言う。
「ワン!」
それを確認したゴールドは雄々しい声で一鳴きし、助手ちゃんに飛びかかる。
「っわわっぷ。んー、あっはははは」
といってもゴールドが行ったのは全体重をかけた攻撃的な突進ではなかった。それはいうなれば、遊びの合図。優しく寄りかかり押し倒してゴールドは助手ちゃんの頬を舐める。
「どう? すごいだろ。ゴールド、『戻って』。それと助手ちゃんはあとでこれで洗うといいよ」
何度かぺろぺろとした後、会長さんの指示通りゴールドは彼のもとへ戻る。そして飼い主である会長さんは一本のペットボトルを助手ちゃんに差し出した。
「いやーほんと、さすがですね。大きいのに可愛いっていう感じで。お互い心と心で繋がっているみたいですもんね」
その大きな体に反してへっへっと舌を下げて呼吸する高い声やつぶらな瞳がギャップとして最大限に魅力を引き出している。そんな風にも思えてしまう。
「ははは。もうずっと昔から一緒だからなぁ。……それでもまだまだゴールドのことを知りたいな。何考えてるのかとか、次はどこに行きたいかとか」
会長さんは屈んでゴールドの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ」
助手ちゃんは言う。こっちは隣を歩く先輩の肩に手を当てて。
「いつか先輩が動物の気持ちがわかる何かを作ってくれますから」
「おお、それは期待しないとな」
「え」
先輩は遂に犬が苦手だと言い出せないまま、身に余る大役を任されてしまった。
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