夢の見つけ方 ⑤

「ねぇ先輩」

「何だい助手君」

 春とも夏とも言えない宙ぶらりんなここ数日。来週から降り続くらしい雨が止めば、最近の心地よい気候ともおさらばして、照る太陽を睨む暑さになりそうだ。

 先日クーラーの点検を終わらしたらしい先輩は、自作の自働しっぺ戦車を猫のように膝に抱えなでりなでりとしている。暇なのだろう。

「それ、しまいません?」

 助手ちゃんはその戦車に視線を向けて控えめに言う。

「どうしてだい? こんなにカワイイのに」

「いやまぁ、確かに前よりは可愛くなってるんですけどぉ」

 先輩の膝の上でまるでペルシャ猫のように鎮座している戦車は、数日前に助手ちゃんを襲った状態と比べて少し変化がある。胴体の箱の前面部分にマジックペンでニッコリと笑顔が描かれていた。

 その笑顔は今、真っ直ぐに助手ちゃんを見据えている。

「笑顔の圧が怖いんですよ」

 笑っても叩く、泣いても叩く、少しでもこの目に障ることがあれば迷わず貴様を袋だたきにする、そう暗に訴えられているような気がしてならない。

「そうかな? 可愛らしい笑顔だと思うけど」

 助手君は胡乱げな眼で戦車を見つめる。見れば見るほど背後に『ごごごご』と浮き出ている気がしてならない。その笑顔の真意を読み取ることは助手君にはできそうになさそうだ。

「うぅ。……あ、そうだ」

「どうしたんだい?」

 助手君は制服の右ポケットをまさぐり、ある光り物を取り出した。

「思いついたんです。ちょっとこのミニ戦車借りますね」

 助手君は四角い戦車を先輩の膝からひょいと持ち上げる。そして先輩に背を向けたことで、自然と抱えられた戦車が先輩の視線から隠れる形となる。

「これを、こうして。ここは、これで。それで、横にもアクセントをっと」

 助手君はがさごそぺたぺたかきかきと作業を始めた。

 助手君がポケットから取り出した光り物とは、先生から受け取った赤青ピンクよりどりみどりのおもちゃの宝石たちだ。

「壊さないように慎重にね」

 先輩は工作に励む助手君を邪魔することなく後ろから眺め続ける。終わるまで何も聞かずただ完成を待っている姿勢のようだ。

「よし完成! これで怖くない! ……はずだよね?」

 そこには全身綺麗におめかしされた箱、もとい自働しっぺ戦車が微笑んでいた。

「わぁ、随分素敵に変わったじゃないか!」

「ですよねですよね。これが私の自信作、キューティーパンツァーⅡ号です」

 ででドン! という風で自働しっぺ戦車もとい、キューティーパンツァーⅡ号は先輩に披露される。

「生みの親は僕だけどね」

 先輩は乾いた笑いを漏らした。そしてそのまま、先輩はパンツァーⅡ号をまじまじと目を凝らし見る。

「それにしても、助手君も凄いね。宝石が満遍なく散らされてるのに乱雑としていないし、……ここは、白銀比を使っているのかな? お店におかれてる商品として通用しそうだよ」

「えへへ、そうですかね。ぶっちゃけ私、白銀比なんて全く意識してないんですけどね」

「へぇ。じゃあきっと助手君の感覚がデザイナーとかに向いているんじゃないかな? そういえば、『夢の見つけ方』を聞いて回っていたらしいけど、助手君の答えは見つかったのかな?」

 先輩は助手君のその天性に感嘆を吐いた後、先日自身が問われた事を張本人に問い返した。

「あれ、言ってませんでしたっけ? ええとですね、周りの人に話を聞いて回ることが重要という結論になりました」

「自分の夢の、将来の事なのにかい?」

「はい。そりゃちゃんと決まっている人は自分で決めた方が良いんでしょうけど、私みたいにな人はまず自分がどういう人なのか知る必要があると思うんです」

 助手君は言って、正面を先輩に向けたパンツァーⅡ号を胸のあたりまで持ち上げる。

「自分のことを一番知っているのは自分だって言う人もいますけど、やっぱり自分の輪郭を一番知ってるのは他人なんです。なんで、人に聞くんです。私はこれからどう成長しそう? とか私ってどんな人? って」

 助手君は胸元で我が子のように抱いているパンツァーⅡ号へ慈しみを向ける。

「輪郭がわからないと、どうやって成長していきそうなのかわからないですし。この子も四角い形をしているからこそ、いつか家のように大きな四角になるのかなって想像できるわけですし」

 その慈しみは、幾月経た後の成長を楽しみにする気持ち。一般に大人が子へ向ける心であった。

「それの主材料は紙とかゴムだから家どころかそれ以上大きくなることもないけどね」

「違いますよ、先輩が頑張って成長させるんです。私楽しみにしておきますから。Ⅲ号Ⅳ号とか新しい子を作るのもありですよ」

「そのときは助手君にも手伝ってもらおうか」

「私には先輩の監視という大事な仕事が――、仕事……が」

 自分で言った言葉が助手君の中で反芻される。本来助手君に課せられた仕事は先輩が作業に没頭し時間を忘れないよう監視するということだ。そのことを助手君は思いだす。

「先輩今日ほとんど作業なんてしてませんよね? 私来る必要ありました?」

 先輩が何も作業をしないままだと、助手君はただ来てお金をもらって帰るという傍から見るとかなり胡散臭い仕事を行ったことになる。レンタル彼女でももう少し良い働きをするだろう。

「じゃあ早速だけどⅢ号から作っていこうか、外観は助手君に任せるよ」

「いや、えぇ。誤魔化さないでくださいよ。まぁ手伝いますけどぉ」

 本日も実験室にけが人はなし。

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