夢の見つけ方 ④

「ここでいいんですか? 先生」

「そうそう、その机の上に置いておいてください。一緒に運んでくれてありがとうございます助手さん」

 放課後、西日が差すにはまだ早く、お昼と言うにはやや遅い。助手ちゃんは担任の先生と一緒にクラスで提出されたノートを職員室前まで運んでいた。助手ちゃんは別にそういう運ぶ係の人というわけではない、終業後手持ち無沙汰な時間を教室で過ごしていたら声をかけられた。

「よい、しょっと。ほふぅ、ノートもこれだけ集まれば結構重たいんですね」

「ええ、数学と古文と、あとは社会ですね。テスト前は全教科なのでもっと重たいですよ」

 先生はその柔和な顔をさらに崩して笑う。

「ひえぇ。これより何倍も多そうですね。先生もこれを毎回運ぶって大変じゃないですか?」

「そんなことはないですよ。むしろ頑張っているのはこれらの中身を創っているみんなです、勉強はあまり楽しい物ではないでしょうに、みんなきちんと頑張っている。それに比べると私が教室から職員室までノートを運ぶ程度、取るに足りませんよ」

「そうは言っても」

 助手ちゃんは改めて先生を見る。言っては悪いが、もう体力的に無理をしない方がいいと思える見た目年齢。実年齢はあと三年後、つまり助手ちゃんたちの卒業と同時に定年を迎える年齢だそうだとキッドから聞いている。野球部の練習に混ざろうものなら、筋肉痛どころかどこかの骨が折れそうである。

 助手ちゃんはそうしたことを、口では言わず目で告げる。それを察してか否か、先生は「それにですね」と付け加える。

「こうして手伝ってくれる優しい生徒にも恵まれましたので。本当、助かりました」

「そ、それほどでもないですよ」

 唐突にそう褒められた助手ちゃんはむずがゆくなった後頭部をかいた。

「お返しにと言ってしまうのは少し違いますが、勉強でも私生活でも何か困ったことがあれば相談してください。力になりますから」

「ありがとうございます」

 だが、今の助手ちゃんには特に心配事も不安事も相談事もない。あるのは超個人的な一つの尋ね事。

「一つ聞いても良いですか?」

「もちろんいいですよ」

「えーと、……先生の将来の夢はなんですか?」

 助手ちゃんはここ数日みんなに聞いていることを先生にも投げかける。

 それを受けた先生はまさかそんなことを聞かれるとはという文字が顔から読み取れてしまうほど、少し面食らった顔をする。しかし数瞬で元に戻り一つ真面目な容貌を向ける。

「そう、ですね。僕の夢、ですか。やはり…………生徒が、僕が見送ってきた生徒達が、卒業して数年経ったあと、「今、こんなに楽しい人生を送っています」とどこかで思ってくれることですね。もちろん助手さんのようにこれから卒業する人もです」

 先生は優しく幼い我が子をあやすように告げる。

「もしかして助手さんは教師になりたいんですか?」

「あ、いやそういうことじゃないんです。その、まだ将来の夢を捜してる途中でして。それで、他の人達はどうやって見つけたのかなぁって思ったんでみんなに聞いて回ってるんです」

 普段通りの助手ちゃんスタイル。我が身より我が考を優先し突き進む。助手ちゃんとしては、これまで他の人に聞いた分に不満があるわけではない。ただ人には人の答えがある問いを追い求めてしまうだけに、聞けるときに聞きたいと求めてしまうのだ。

「なので、先生はどうやって将来の夢を見つけましたか?」

 助手ちゃんは真っ直ぐ先生の目を見る。

「うーんそうだな……。……助手さんは中国のこんな言葉を知っていますか? 『人事を尽くして天命を待つ』」

「え、えっと、自分でできることは全部やった上で、残る結果の部分は運命や神様の采配を待つ、でした、よね」

 言葉尻は自信なさげだが、できる限りの漢文の知識を総動員して答えた。同時に、いきなり問題を出されるのは心臓に悪いからやめてほしいなとも思った、言わないけれども。

「そうです。元のお話は胡寅の読史管見にでてきます。で、話を戻しますが、私たち先生という人は卒業したあとの人達にしてあげられることはほとんどありません。しかしできることがある内にしてやりたいことを全て行ってしまったとしても、先ほど言った夢が現実に起こるとは限らないんです。あくまでその夢の部分は期待するしかない」

 先生の眼には確かに助手ちゃんが映っている。けれどもそこに先生が見ているものは、きっと助手ちゃんだけではなく過去幾年の間に先生のもとを旅立っていた面々も映っているのだろうと助手ちゃんはうっすら察する。

「夢を見つけるのならば、まずは出来ることを精一杯行う。それで最後まで行き着いたとき、先に期待する。その期待の内容が夢ではないでしょうか」

 教鞭を振るうように抑揚の付けられた声は、すっと助手ちゃんの耳に入る。

「やっぱり先生が言うと説得力が違いますね。教えてくれてありがとうございます。」

「いえいえ、次の世代へ経験を送ることも僕に出来ることですから。ああ、送ると言えば。少し待っていて貰えませんか?」

 先生は言って職員室へ入り、数十秒した後右の手に光る何かを掴んで戻ってきた。

「これを受け取ってくれませんか? 孫娘にもらったはいいんですが、僕にはどうも有効に使えそうにないんです」

 それは、紙や板に貼り付けられるシールが付いたおもちゃの宝石。小さな袋にラッピングされ全部で二十個ほど詰められている。それを助手ちゃんは先生から受け取った。

「ええ! 先生お孫さんいたんですか!」

「はい、とても可愛い子が一人。そうですね、まだ小学生ですが、いつか孫の晴れ姿を見ることも私の夢の一つです。……欲深いですかね」

「全然そんなことないですよ! それより写真とかないんですか?」

 助手ちゃんはこの後、ランドセル弾ませる先生のお孫さんの写真を見せてもらった。放課後のバイト先である先輩のところへは遅刻することになってしまった。

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