夢の見つけ方 ③

「会長さん、おはようございます」

「あ! おはよう、助手ちゃん」

 さらに翌日。助手ちゃんは別段これといった理由はなく、みんなより少し早い時間に登校する。そんなルーティンとなった少し早い時間の朝の通学路。

 助手ちゃんは前方の、半斤のフランスパンを食べながら歩く生徒会長さんに挨拶をした。

「こんな時間に登校するってことは、助手ちゃんは風紀委員かな」

「いえ、違いますよ。ただなんとなくでこの時間に出発しているだけです」

「なんとなくって言っても、このまま到着したら、始業まで四十分くらいあるよ」

 会長さんはフランスパンを咥えて歩きながら、片手でスマホを操作して時間を確認する。フランスパンのせいでちょっと情報がごっちゃになっているなと傍目の助手ちゃんは思う。

「もしかしてどこかで友達と待ち合わせしているんじゃない?」

「してないですよ」

「なら、宿題がまだ未完成とか」

「昨日、先輩に手伝ってもらったのでばっちり終わってます」

「先生に素行不良の件で呼び出されている」

「会長さんは私のことどんな人だと思ってるんですか。ただ遅刻したくなかったってだけですよ。入学したての頃はまだ家から高校まで何分かかるのかわかっていなかったから早めに家を出ていたんです。んで、その習慣が今まだ残ってるってだけです」

「なるほどね、確かに一年の初めから遅刻するのは避けたいもんね。僕も皆勤賞狙ってるからわかるよ」

 会長さんは大仰に腕を組んで小さく首を縦に振る。それによりフランスパンが馬の尻尾のように大きく振れる。

「……先にパン食べ終わってください。なんかこう、並んで歩いているときっと私まで奇異の目で見られそうなんで」

「あ、ああ。ごめんよ。配慮が足りなかったよ、ちょっと待ってね」

 会長さんはまるで恵方巻きを食べるようにフランスパンを頬張っていく。

 そもそもどうしてこの人は登校しながら朝ご飯食べているのだろう。と思ったとき、既に助手ちゃんは質問し始めていた。

「なんで歩きながらパン食べていたんです? あ、食べ終わってから答えてください」

 会長さんはぐっとサムズアップし、食べるペースを早める。そうして、全て口に含み、口に含んだ全てを食道に流し込んでから口を開く。

「ちょっと恥ずかしい話なんだけどね」

 会長さんは自らの頭を指し示す。

「髪のセットに時間をかけ過ぎちゃうんだ。それで、朝食を食べる時間も忘れてしまって、気づいたら生徒会の仕事の時間ってわけ」

「なるほど」

 会長さんの髪は全体を繊細な流れで包ながら所々でダイナミックなうねりをみせ、それが一分や三分で完成させられる物ではない、技術面も一朝一夕で身につく物でないことを物語っていた。

「飴細工みたいですよね」

「他に言い方はなかったの? 食べ物で喩えられると、ちょっとへこむよ」

 会長さんはかくりと肩を落とした。

 そこで助手ちゃんはふと思い出す。

「会長さんの将来の夢も、やっぱり髪に関連してるんですか?」

「うん? そうだな。はっきりとどの職業がいいとかはないけど、やっぱり好きなことで仕事したい。もしかして、今回の考えるテーマは『将来の夢』?」

「あー、惜しいですね。もうちょっと前の段階です。『将来の夢の見つけ方』ですね。ってことで会長さんなりの夢の見つけ方を教えてくださいな」

「うーん、僕の場合は……」

 会長さんはそこで一拍間をあける。そして、二本の指で階段を上るジェスチャーをしながら伝えはじめる。

「こう、一歩一歩階段を上がっていくように考えた、はず。一年以上前のことだからあやふやなんだけど。はじめに、働きたいか働きたくないかを選んで」

「え、そこからですか?」

「最近は株とかもあるからね、働かないのも選択肢だよ。で、株や不労所得で稼ぐのは合わないと思ったから、次に好きな分野に行くか趣味は趣味だから仕事とは切り離すか、好きな分野に行くならば、自分で店を興すかどこかに勤めるか、大企業か中小企業か、営業か事務か開発か。そういう風に一つずつ決めたよ」

 助手ちゃんは「ふむふむなるほど」と相槌を打つ。

「僕は、中小企業でもいいから男性用の髪のスタイリング剤を扱うところに入りたいって感じ」

「食に……、じゃなかった職に飢えそうなので働かないのは私も駄目そうですね」

 先輩のところで雇ってもらった経緯も、助手ちゃんを雇ってくれる場所を血眼になって捜したからである。助手ちゃんにとって、仕事と趣味は表裏一体なのだ。

「そうそう、そんな感じ。それで、これ以上先はまだ考えられないってところを将来の夢って言って良いんじゃない?」

 助手ちゃんは片手を開き、一本二本三本四本と何かを考えながら無言で指を折りたたんでいく。具体的になにを考えているか助手ちゃんにしかわからないが、きっと折り曲げられた指の数は助手ちゃんが選んだ分かれ道の数なのだろう。

 そうして、折り曲げられる指の数が片手では足りなくなったとき、助手ちゃんは口を開く。

「先輩のところで永久就職できたら楽なのかな」

「彼を毎日ただ眺めるだけって飽きない?」

「今大丈夫なのできっと大丈夫です」

「そう、なのかな」

 その後も六本目七本目、ついには両の指全てを折り曲げた。それでも足りないようで、今度は開くようにして十一本目を数えたところで、二人は学校の正門をくぐった。

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