夢の見つけ方 ②
「ねぇキッド」
「……また来たのか、助手」
翌日、水滴にはならない汗をかく程度の熱気が教室では漂い始めている。助手ちゃんはお昼休みにそこから離れて丁度良い涼しさの風が吹く体育館裏の主に会いに来た。この場合、読み方は『あるじ』ではなく『ぬし』である。ここは別にキッドだけのものではないから。
「どどん! ここでキッド君に質問です」
「は?」
助手ちゃんはクイズ番組の司会者さんのように片手に問題文と解答が載っている分厚い本を持ち開くようなポーズで、自前の効果音を付けながらキッドに対し唐突に告げた。
助手ちゃんのことを、常日頃から何考えるかわからない奴と考えているキッドでも、流石にこれには動揺を隠せず、一切のリアクションを取ることができなかった。
「キッド君、あなたの夢はなんですか?」
解答者のそんなノリの悪さは完全無視、自分都合のみを原動力に助手ちゃんは続ける。
「でかいボールに、追いかけられる夢を見た」
「は?」
キッドは体育館に背中を預けて自身を抱きしめ、ふるふると震える。
「何もない暗くて広い場所で、後ろから延々とトラクターくらいのピンク色の球に追いかけられた」
キッドのうつろな目は、足下の小さな小石をじっと見つめていた。そんなキッドの肩に助手ちゃんはポスっと片手を添える。
「怖かったよね、キッドはよく頑張ったよ、よく目覚めたよ。……けれどね、私が聞いてるのはそういうことじゃないの。そんな下らないことじゃないの」
「く、下らないっていうんじゃねぇよ!」
キッドは、表面上形だけの同情で乗せられていただけだった助手ちゃんの手を振り払った。絶対に怪我をしないよう最低限の力で振り払うあたり、もう少しからかっても拗ねないと助手ちゃんの経験が告げる。
「ごめんね、真剣なことだもんね。キッドの将来の夢は大きなボールに追いかけられることだってことからかってごめんね。お詫びに先輩さんや鮫瓦ちゃんに頼んで大きなボール用意してあげるから」
「ひっ」
キッドには今の助手ちゃんがどう見えているのかはわからないが、彼のその目はおよそ人に、まして友人に向ける目ではなく、純粋な絶望と澱みが混じった恐怖という概念そのものを見るような眼差しだった。
「やめてください助手様! 本当に! あの二人だったらトラクターとか比じゃないくらいでかい物用意するだろ! 絶対!」
「まったくあの二人を何だと思って――。……いやしちゃうかな」
すがるキッドにはかわいそうだが、財力と実行力は人一倍ある二人なだけに、助手ちゃんが頼めば明日にでもキッド目がけて大きなボールが転がっていくだろう。……多分。
「頼むよ、見逃してくれよ」
「いいけど、最初にも言ったように、キッドのなりの将来の夢の見つけ方を教えてよね」
助手ちゃん以外にとって話そうが話すまいがさしてどうでもいい事を、さもまっとうな交換条件であるかのようにキッドに突きつける。
「これは貸し一つだね」
「ああ、わかって――。いや待て、なんかおかしい!」
「早くしないと昼休み終わるよ、そしたらすぐにでも先輩さんと鮫瓦ちゃんに言うよ」
「わ、わかった。そうだな。……なりたい未来を思い浮かべる、だ。大往生して笑っていたいとか、いつの日かビッグな社長になるとか、そんな今の自分から想像もできないような理想そのものが夢だ」
よほど連絡されたくないのだろう。キッドは早口で、しかし一言も詰まらずそう答える。
「これでもう二人に連絡するのは止めてくれ」
正しい手順で時間内に時限爆弾を解除した職人のような空気をキッドは出す。しかしながら助手ちゃんには、まだ逃す気はない。
「じゃあキッド自身はどのくらい未来を思い浮かべたの?」
「どれくらい、って、二十年か三十年後くらいだろ?」
「いや私知らないよ。そもそもキッドのなりたい未来ってどんななの?」
「……夢って誰かに言ったら叶わないんじゃねぇの」
「迷信じゃないかな。ま、言いたくないなら言わなくてもいいよ。流石の私も人のプライバシーを強制で言わせるほど鬼じゃないし」
そのまま助手ちゃんは優しく笑って、「それじゃ、またね」と踵を返す。
そうして歩き出す直前ぼそりと。
「二人に連絡して、『お願い』はするんだけど」
「言います、だからそのケータイをしまえ。俺のなりたい未来、将来の夢は、……あーくそ恥ずい、……その、し、幸せな家庭を築きたい! 誰かと結婚して子ども育てて、行ってらっしゃいって言って貰える生活を送っていられる自分がなりたい未来だ! これでいいだろ」
キッドは頬を赤くしてそう答える。
それを聞いて助手ちゃんはくるりと勢いよくターン。
「へー、ピュアだねー。で、お相手は? お付き合いしたい人いるの、教えてよ。誰にも言わないからさ」
そしてエキサイトしながら突然降って湧いた恋バナに食いついた。
「い、いや、まだいねぇよ。そんなやつ。つーかいても言うわけないだろ」
「じゃあ子どもはどっちが欲しいの? 男の子? 女の子?」
「それは、……両方」
「ほー、へー、はー。いいねいいね。じゃあさじゃあさ――」
助手ちゃんは食いついたまま離さずに、結局昼休み終了の合図が鳴るまでキッドに質問を投げつけ続けた。
もちろん、キッドは拗ねて、三日間は体育館裏に来なくなった。
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