第五話 夢の見つけ方
夢の見つけ方 ①
「ねぇ先輩」
「何だい助手君」
ギリギリ春、けれどもいつの間にか夏。空も昨日より青々としている気がする。いつも通り変化無しと感じられていた窓から見える景色は、誰にも知られず変わりゆく。
そんな景色には目もくれず、助手君は理科用実験台の冷たい部分を探し出しては、手を当て腕を当てその冷気を吸い取るように、温くなるまでの間その冷たさで涼んでいた。
「夢ってありますか?」
「夢かい? そうだね、あるよ。まだ誰も知らない新しい物質を見つけ出すことだね」
「まだ見つけてなかったんですか」
「助手君は僕をなんだと思っているんだい? 僕もまだ学生だからね」
先輩は布巾片手に顕微鏡の手入れをしながら返答する。普段は具体的に何をやっているか把握できていなかった助手君も、今日だけは先輩が何をやってるか理解ができた。
「そういう助手君の夢はなんなのかな?」
「そうですね……」
そして数秒、すっと黙り込む。目を瞑り、腕を組み、右の手を顎に添え。四秒五秒もったいぶって、助手君はまるで溜めてなどいなかったかのように話す。
「夢とか願い事って、誰かに話すと叶わないって言いません?」
「迷信じゃないかな……」
酷い裏切りを受けた先輩は苦笑を返す。
「けど、たとえ迷信でも助手君が信じているなら無理強いはしないよ。ごめんね」
「先輩……」
「ただし裏切りの仕返しとして、これは使わせてもらうよ」
先輩は理科用実験台の棚の中から一つの箱を取り出す。黄色いそれは縦横高さ十センチほどのほとんど何の変哲もない箱。変哲もなくない箇所は、下部に取り付けられた四つの車輪と、上部に取り付けられた、十センチほどのしなるゴム板。
それを、先輩は助手君の腕の丁度真ん前に置く。
「なん、なんです? それ」
助手君にとってそれは、これまでの経験の中で見たことのない形状だった。
「新しい物質を見つけるためには、ものづくりも出来た方がいいと考えたんだ。それの第一歩だよ」
「……そいつの名前を聞いてもいいですか?」
ごくりと、助手君は唾を飲み込む。
「自働しっぺ戦車。たとえ火の中水の中床下から壁の上まで、たとえ相手がどこにいても自働で僕の代わりに仕返ししてくれる装置だよ」
そう言い切った瞬間、キュリキュリキュリと音を上げて自働しっぺ戦車は、助手君の腕めがけて一直線に突っ込む。
車輪と連動しているのか、上部に取り付けられたゴム板は、勢いよく前後にしなっていた。
「あ、甘いですね先輩。タイヤが付いてる以上、机から離れれば打たれることはないですよ!」
助手君は立ち上がって二、三歩後ずさり、ついでに戦車の進行方向上からも離れる。机の上からのしっぺ攻撃など当たらないほどの距離を助手君はとったつもりだった。
「そんなことはないよ。だいたい人くらいの大きさ・温度のものの内で最も温度の高いもの目がけて進むようにしてるんだ」
先ほどと違い、今度は満面の笑みで先輩はそう告げた。
机の端までたどり着いたしっぺ戦車は、そのまま飛び降りて、ついでに助手君の方へ進路を曲げる。
「うそぉ! あっ! いたっ。いっ! ちょっ、これ! いつまで続くん! ですか! わかりました! 言いますから止めてくだ! ……さい? ……あれ? …………先輩、これ止まりましたよ」
助手君の想いが届いたのか、大体五発ほど叩いたところで、戦車はそれきり動かなくなる。
「そりゃあ仕返し用だからね。延々とやれば僕の方が悪くなっちゃうよ」
「そういうもんですか」
装置を拾い上げて、助手君は元いた定位置に座る。一応叩かれた部分を確認したが痣になる様子はなかった。きちんと先輩の科学力は加減をしてくれていた。
「それで、話してくれる気になったんだね」
「え? 何のことです?」
助手君はこてんと首を傾け、眉を寄せる。それは心底わからないという顔だった。
「さっき叩かれてるとき、話すからと言っていたじゃないか」
「ああ! そうでした。いや、最初は話を脱線させるつもりなんてなかったんですよ」
「……誰だってそうじゃないかな」
「最後まで聴いてください。……その、夢について。私、まだこれと言った夢ってなくてですね。先輩はどうやって見つけたのかなぁって聞きたかったんですよ」
助手君は両の手の指を合わせて離してしつつ、控えめながらそう話す。
「つまり、夢の見つけ方を考えたいんだね。そっか、そうだなぁ」
先輩は少し考え込んだ。助手君は、手元に置いた自働しっぺ戦車をなでりなでりと可愛がる。
「助手君は、『死ぬまでにやりたいことリスト』とかつくったことあるかな? 食べたいものとか、行きたい場所のリストでもいいよ」
「リスト、ですか。えーと。ない、ですかね」
「僕は昔から、やってみたいことを書き出す習慣があってね。新しい物質を発見したいとか、月の石を持ってみたいとか、中には自分専用の顕微鏡を持ちたいっていうのもあったかな」
先輩は実験台に置かれた顕微鏡に手をかける。
「つまりだね、僕は夢を見つけるのに必要なのは慣れだと思うよ。やりたいことしたいことを日頃から見つける癖があれば、助手君が見つけたい夢も自然と出てくるんじゃないかな」
先輩はそう笑って言った後、先輩は再度顕微鏡の手入れへ戻る。
「やりたいこと、ですか」
「小さなことからはじめたらいいんじゃないかい」
「そうですね、まずは、……『夢を見つけたい』、ですかね」
自嘲気味に言った助手君に対し、先輩は乾いた笑いをするしかなかった。
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