エモーション ⑤
「ねぇ先輩」
「何だい助手君」
かり、かり、ひゅう。ペンの音に混じった風の音に耳を傾けながら、助手君は元素周期表を、先輩は黙々と漢字を手元のノートに書き埋めていた。言い換えると、余計な会話に意識が向く程度には集中ができていなかった。
「アルカリ土類金属ってなんでしょう」
「カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムの四つの金属の元素の総称だね」
「それは――」
「アルカリ土類金属に個人差なんてないよ。みんな同じアルカリ土類金属を持ってるよ」
「同じアルカリ土類金属ってなんですか」
ふるる、かり、こち、かり、かり、こち、ひゅるる。
「今日はもうやめましょ! もう頭に入らないです」
「そうだね。もう一時間やっていたみたいだし、休憩にしようか」
「そのペン、お姉さんに返したんじゃなかったのかい?」
「んえ? あー、それですか。それがですね、くれたんですよ。「私はもう滅多に使わないしぃ、あなたが使って」って。いやー、姉って優しいですねぇ」
「じゃあ、これからは心置きなく折れるってことだね」
「わざと折るわけないじゃないですか……。あ、そうそう。くれるで思い出しました」
助手君は学生鞄の中をガサゴソとあさり、一つの箱状のものを取り出す。
「先輩、この時計あげます。本当は眼鏡子ちゃんへのプレゼントだったんですが、どうもお兄さんのプレゼントと被っちゃったみたいで、辞退したやつですけど。ほら、先輩前に言ってたじゃないですか、目覚まし時計たたき壊したと」
「確かに言ったね。丁度ほしいなって思っていたところなんだ。それにしてもプレゼントなんて久しぶりだなぁ。ありがとう。助手君」
先輩は頬を緩ませ、普段からは想像つかない心底嬉しそうな顔で微笑んだ。そうして理由は全く理解できないが、それをみた助手君はこう呟いた。
「先輩のギャップが、エモいです」
本日も実験室にけが人はなし。
助手ちゃんを乗せた車の発進を見送ったあと、振っていた手を下ろした眼鏡子ちゃんのもとに、背後から一人の男性、団長さんが話しかける。
「おお! 眼鏡子!」
その声に呼応し、眼鏡子ちゃんは振り返る。
「あ、買い物終わったの? にいさん」
「ああ! とても良い物が買えた! これも彼女のおかげだ!」
「彼女って助手ちゃん?」
「そうだ! 眼鏡子の友達でもあったんだな! 世間は狭いものだ!」
「そうだね。それで、にいさんは何を買ったの?」
「そうだった! 眼鏡子、誕生日近かっただろう! おめでとう! 最近、時計が不調だと言っていたから、これを送ろう!」
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