エモーション ②

「ありがとう鮫瓦ちゃん」

「当然のことですから、気にしないでください」

 ちょっとお高めの車のシートは、鮫瓦ちゃんが端に詰めずとも余裕を持って座れる広さがある。

 助手ちゃんはちょいと渋めの雰囲気を漂わせる運転手さんに「どうも」と会釈を送った。それに対し運転手さんは、「お気遣いはいりません」と声にまで渋みを含ませて返す。鮫瓦家で雇ってもらうには渋みを身につけなければならないのかもしれない。

「駅前の小物店でよろしかったのですか?」

 鮫瓦ちゃんが含みを持たせて尋ねる。

「あー。まぁそうだね。別にブランドが付いた高価なやつとか、いっぱいの機能がついた高性能なペンがほしいわけじゃないからね」

 なので助手ちゃんは先回りして答えた。

「けれども、言ってくだされば、ペンの一本や二本届けましたよ?」

「そういうのは無しって言ったでしょ? それに何でもいいってわけじゃないの」

 助手ちゃんは制服のポケットから、先ほど回収していた折れたペンを取り出す。

「これじゃなきゃダメなの。形も色もおんなじやつじゃないと」

「それはまた。どうしてですか? ……もしかして、亡くなられた親族の形見などなのでしょうか」

「違う違うよ。そんなに重い話はないから。いやー、これさ、借りてる物なんだよね、お姉ちゃんからさ」

「なるほど、それで証拠隠滅というわけですね」

「んーん。多分普通に許してくれるよ。許してくれると思うんだけどさー。なんかこう、壊れたもの返すって嫌じゃん。姉妹でもさぁ、礼儀とか思いやりとか必要じゃん」

 助手ちゃんが「まぁ壊した本人が何言ってんだって話しだけど」と軽く笑って付け足す。

 鮫瓦ちゃんは両手を口元にあて、次いで横を向き涙とともに歯噛みした。

「どうしたの!? 鮫瓦ちゃん!」

「いえ、証拠隠滅などと言ってしまったことが恥ずかしくて。助手ちゃんの心に改めて感服しました」

 いつもの発作のようだ。

「わかった、わかったから。泣くのはやめてね。運転手さんもいるしさ、私が悪者に見えるから……。ちょっ、拝むのはもっとやめて!」

 震える狂信者を呆れる偶像がなだめ終えたと同時に「着きました」と運転手さんが告げる。

 助手ちゃんと鮫瓦ちゃんは揃って車から降りた。

「あ、そういえばさ」

「なんでしょう?」

「鮫瓦ちゃんはどういうときがエモいんだと思う?」

「助手ちゃんを感じられたときです」

「鮫瓦ちゃんならそういうよねー」

 わかりきっていたことであった。

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