第四話 エモーション

エモーション ①

「ねぇ先輩」

「何だい助手君」

 窓の外で草木が揺らされる。ひゅう、ごぉ、かたんと様々な音を風が奏で続ける。そんな音に耳を傾けながら、先輩は黙々と英単語を、助手君は手元のノートに徳川幕府の年表を書き続ける。余計な会話に意識が向く辺り、全然集中できていなかった。

「エモいってなんでしょう?」

「エモーションっていう英単語から派生した言葉だね。エモーション自体には感激や感動といった意味があるよ」

「あー、聞き方が悪かったです。エモいってどういう心でしょう」

「多分それは助手君の方がよく知ってるよ。ほらそういう言葉が生まれるところに女子高生ありってきくからね」

「んなわけないじゃないですか。そんなの一部の女子高生だけです。至極普通な一般女子高生は含まれないんですよ」

 言い合いながらも、お互いのペンは留まらない。理解を深めるため、はたまた理解するためにペンを動かし続ける。まるで頭には入っちゃいないが。

「先輩はどういうときに使いますか?」

「使わない、かな」

「何でです?」

「何でって、そりゃあ」

 先輩のペンの音が止まる。

「そりゃあ……? ……どうして何だろうか」

「よし、考えましょうか」

 ペンを勢いよく机に置く。カンっという高い音で集中力も亡くなった。

「飽きたんだね、助手君。でも確かにそろそろ休憩すべきかな」

 言われて時計に目を向けると、四五分間程度を勉強時間に費やしていた。

「……もうちょっとやろうかな」

 あと十五分で一時間となる、このままだと少し気持ち悪い。助手君は置いたペンに再度手を伸ばす。伸ばしたが。

「ああ! 折れてる! これが最後の一本なのに!」

 さっきの衝撃でペンがこきりと折れていた。それほどまでに理科用実験台は固かった。

「先輩! ちょっと買ってきていいですか!」

「え、無理じゃないかな。結構風も強くなってきたし、いつ雨が降るかもわからないよ」

「その辺は大丈夫です」

 そう言って助手君は家から飛び出て、玄関前に立つ。そうしておもむろに手を口に当て、指笛を鳴らした。すると数秒後、一台の車が先輩の家の前に留まる。

「鮫瓦ちゃんがいるんで! ではすぐ帰ってきますから!」

 助手君は車の後部座席に飛びのり、運転手に目的地を告げ、出発していった。

「……今の僕のこの感情も、エモいって言えるのかな?」

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