どう使おう? ⑤

「ねぇ先輩」

「何だい助手君」

「今日、ちょっとはやめに帰ります」

 五月の上旬。今回はカレンダーの赤い日。普段の帰宅時間より三時間ほどの余裕を持たせて帰りたいと助手君は請願する。

 わかった。なら今日は僕もはやめに実験を切り上げるよ」

「ありがとうございます」

「予定があるのに悪かったよ。今日も来てくれてありがとう」

「ああいえ、ちょっと帰りに寄りたいところがあるんです。のでむしろ、外に出るきっかけになったんで、そこんところは感謝してます」

「こちらこそ。いつもありがとう」

 今の先輩は鉛筆片手に、難しそうな数式群を紙に書き記している。助手ちゃんは、内容の理解はできないが、やってることに危険性を感じなかったので、ぱちぽちとスマホをいじり始める。

 助手君は時々先輩を目視しながらも、意識の大半はスマホの上部に表示されている時計に向いていた。

 そうして、とうとう約束していた時間が来た。先輩はすでに器具のあれやこれやを片付け終わっており、二人で玄関へ向かう。

「ああ、そうだ。給与明細は基本的には毎月二十五日に渡すことにするよ。もし僕が忘れていたら、君から言ってほしい」

「はい、わかりました」

「……そういえば、今回は明細渡すまで気づいていないようだったけど、日頃から口座の確認とかしないのかい?」

「んー、そうですねー。まだ一回も見てないです」

「……一応見方を教えようか?」

 数日前と同じように先輩は助手君に尋ねる。

「ああいえ、今回も大丈夫です。今日、これから姉ちゃんに教えてもらうんで」

「へぇ! ということは何に使うか、決まったのかい?」

「はい! カーネーションにします!」

 本日も実験室でのけが人はなし



「それじゃぁ助手ちゃんは、そこの野菜を炒めておいてね」

「了解!」

 助手ちゃんたちの母が、後ろから二人に抱きつく。

「二人とも! ありがとう! 特別な一日になったよ! カーネーションもとっても綺麗だった!」

 その日の晩、娘二人の力作のすき焼きを、助手ちゃん達は四人で仲良く食べた。

 お父さんは父の日への期待を高まらせていたが、それはまた別の機会に。

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