怖さ ⑤

「ねぇ先輩」

「何だい助手君」

「死ぬって何でしょう」

「……助手君はいったん別のことを考えた方がいい」

 お使いの翌日、陽が赤く染まる放課後。雇い主である先輩さんの実験室で、助手君は今日もまた彼を監視している。

 先輩の手元では、無色の液体二つが混ぜ合わされていた。

「もしかしたら」「もしかして」

 不意の一言が被る。

「なんです? 先輩」「いや、助手君から言ってほしい。僕はあとでいいよ」

「ではお言葉に甘えます。……死ぬのが怖いのは、自分を忘れられそうだからかなって思ったんです。鮫瓦ちゃんのも団長さんのも誰かがいて、その人と別れたくないから、その人たちに自分がいたことを忘れてほしくないからってことになるなぁ、と」

「僕のが含まれていないじゃないか」

「先輩のはですねー。そもそもよくわからないって感じです。実験欲を満たしたいのはわかるんです、それが暴走して万一を防ぐために私を監視役につけるっていう予防策を張っているのも理解できるんです。でも、先輩なら人を雇わずに機械を使いそうだなーって思うんですよ」

 言われて先輩はハッと目を開く。まるでその手があったかと言わんばかりの表情だ。

「その手があったか」

「え、気づいてなかったんですか? あれですね、次先輩が生み出すべきなのはやる気を出す飲み物じゃなくて、心を言語化する何かですね。そうですね、さっきのは先輩には何か別の答えがあると踏んでの答えだからなー。また考え直しですね」

「ああ、それなんだけどさ助手君。もしかしたら、前提から間違っているかもっていうのは考えたかい?」

 先輩は、部屋の隅に置かれている、金属パイプで作られた棚へ向かう。

「助手君のまわりはみんな「死ぬのは怖い」で意見が纏まってるけど、もしかしたら「死ぬのは怖くない」って意見が多数派かもしれない」

 先輩はその棚から六つ七つの本を取り出す。

「死についての論文とかアンケートは結構あるから、これらを見てからもう一度考えるといい。脳というのは偉大だが、自分のことしか考えられないからね。幸いまだ時間があるから、少しだけでも読んでみるといいよ」

「多くないですか……」

 助手君は先輩から本の束をげんなりした様子で受け取り、さっそく読み始める。

 「と、その前に」

 助手君は監視レポートと書かれた一枚の紙を取り出し、全ての項目を埋めてゆく。そして最後に。

 本日も実験室でのけが人はなし。


「そういえば、あの瓶なんだったんです?」

「あれは飲んだ人のやる気を反転させる飲み物だよ。元気な人が飲めば疲れる。死にたい人が飲めば元気百倍。いつも元気いっぱいな助手君がもしもあれを飲んでいたら――――」

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