怖さ ④
「あんな問題にもちゃんと返事をしてくれる。良い友達をもったんだか、私も類に呼ばれた友なのか」
上も周りも木々に囲まれた、木漏れ日の差す静かな山道。山道と言っても、獣道を人用に作り替えた自然由来約百パーセントの道ではなく、きちんと歩道として整備はされているから足への負担はさほど大きくはない。人が少ないのは道の不便さ云々ではなく、単に山に入りたくない人が多いからだろう、彼女は勝手にそう推測している。
「痛いから……、苦しいから……、……迷惑をかけるから?」
彼女は一人唸って道を進む。その様は不審そのものであったが、客観的に今の自分を見る術を彼女は持ち合わせていなかった。
「これは、長くなりそう。もっと、確実に一人になれるところないかな? ……こっちはなにかあるっけ?」
山道の中腹辺りで彼女は脇へそれた一つの獣道を見つける。彼女はいっさいの躊躇をみせずに、草木で作られたアーチに足を踏み入れた。
彼女の体感で五分程度、道なき道を進んだところで、彼女は上半身裸の一人のおじさんと、その足下に置かれた封筒と、簡素な踏み台に遭遇する。
「……! ……お嬢ちゃん、ここは危険だから帰りなさい」
彼女は理解できた。ここは自殺現場で、このおじさんはこれから自身を吊るつもりなんだと。
そして出てしまった。彼女の悪い癖とも言える、膨大な好奇心が。
「怖くないんですか?」
「……怖いさ。でもこのままでいる方がもっと怖いんだ」「どうしてその方法を選んだんですか?」「……止めないのかい?」「聞いて、知ってからです。そうしないと、どんな言葉も軽いままですから」「そうか。……この方法にしたのは、誰にも迷惑をかけないと思ったからね。もし明日見つかっても、自分でやったんだって一目瞭然だから」「お金ですか? 恋愛ですか? それとも別の」「うん? 理由かい? ……言ってしまえば両方とも、それに加えて家族、あと夢かな。そういう色々に絶望しちゃったんだ」「……死ぬのはどうして」
「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅう」
そこでおじさんから大きなため息が出る。
「せめてね、人って最期くらいは拍手と涙で送り出してほしいものなんだよ。なのにお嬢ちゃんとくれば質問ばかり、あげくに止めもしない。……もしも今僕が憂さを晴らしても、これから死ぬ僕は誰にも裁けないんだよ」
おじさんは彼女にゆっくりと近づく。そうして零点数メートルのパーソナルスペースが重なったと同時に、おじさんは拳を固く握った右腕を大きく振りかぶった。
「助手ちゃん!」
その拳が助手ちゃんに振り下ろされる直前、木陰から鮫瓦ちゃんが飛び出す。鮫瓦ちゃんは流れる動きで、おじさんを突き飛ばし助手ちゃんと共に距離を取る。
「うおっと」
拍子に助手ちゃんのポケットから一つの瓶が転がり出た。
「離れましょう、助手ちゃん!」
助手ちゃんは鮫瓦ちゃんに手を引かれ、そのまま獣道を戻る。落とした瓶は拾えなかった。
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