怖さ ③
「鮫瓦ちゃん!」
「どうしましたか? 助手ちゃん」
高校から実験室へ向かう道中。ふいに助手ちゃんが叫ぶと、それに応じて助手ちゃんと同じ制服を纏った少女が、電柱から登場する。
「一人はさびしいじゃん? 誰かと話したくてさ」
鮫瓦ちゃんと呼ばれた彼女は、助手ちゃんの友達兼ボディーガード兼ストーカーという肩書きを持っているのだ。
「毎日毎日私を監察し続けて、鮫瓦ちゃんは飽きないの?」
「まぁ、飽きるなんてとんでもない。本当に美しいものは千度見ても、飽きないものなんです。さらに助手ちゃんにはかわいさもありますから」
「鮫瓦ちゃんが持ってるブラックカード、それをひらひらさせるだけで、美男美女が星のように集まるだろうに」
「でもその中に、助手ちゃんはいないのでしょう?」
「私はそこまでお金に興味があるわけでもないからね」
「助手ちゃんはそうでなくては」
青い空の下、お淑やかな声と爛漫な笑い声を響かせ、二人は歩く。
重い愛を持つ令嬢、それが鮫瓦ちゃんという人だ。
そうして数分ほど話した後、鮫瓦ちゃんからあの話題を切り出した。
「そういえば、今日は何について聞いて回っているのですか?」
「うん? ……あぁ、そういえば鮫瓦ちゃんにはまだ聞いてなかったのか」
「ええ。ぜひ聞かせてもらえませんか。助手ちゃんの聞きたいことならば、なんでもお答えします」
「今日はね、死ぬことについて聞いていたの」
「どこの誰ですか! 私の助手ちゃんをそこまで追い詰めたならず者は!」
助手ちゃんが全てを言い終わるのを待つことなく、鮫瓦ちゃんは鬼神の如き怒りをあらわにする。
「うん、違う、違うよ鮫瓦ちゃん。そういう話じゃないの」
それを、助手ちゃんは片手でなだめる。その手はすでに慣れた手つきであった。
「死はどうして怖いのかなって話だから。だから別に私が追い詰められてるとかじゃないから。でも、ありがとね」
「なるほど、そういう話でしたか。取り乱してしまい申し訳ありません。……私の答えは当然、別れるからです。大切な人、守りたい人は誰にでもいます。けれど、死んでしまっては、その人の隣を二度と歩くことはできない、大事なときに守ることさえできない。そんな想いが死を怖いものにしているのではないかと思うのです」
鮫瓦ちゃんは胸に手を添え答える。
「大切な人、か。鮫瓦ちゃんにはいるの? そういう人。やっぱり家族?」
「家族も確かに大切ですが、私はできることなら、助手ちゃんの隣を歩き続けたいですね」
「うん、鮫瓦ちゃんはそうじゃなくっちゃ」
まだ空の明るい夏の日、溌溂な声と上品な笑い声を鳴らせ、二人は進む。
「ちょっと考え事したいからさ、私はこっちに行くよ」
助手ちゃんは帰り道から外れている、静かな山へと繋がる道を指さす。
鮫瓦ちゃんは、一度うなずき、また電柱の裏へ引っ込んでいった。
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