怖さ ②

「ねぇ団長さん」

「ん? おお、助手ちゃんか。今日はどうした!」

張り上げられた声の中、一際大きい声を出す男のもとへと助手ちゃんは辿り着いた。

「先輩からのお使いです。団長さん、いったい何頼んだんですか? いっちゃ悪いですけど、この瓶怪しすぎます」

 高校のグラウンドの一角。応援団のスペースにいた団長へ、助手ちゃんは鞄ごと瓶を渡す。

「これか、これはあれだ。元気の出る飲み物だ!」

「……あの人とうとう法を犯しましたか」

「それがそうでもないらしいぞ! まだ、法には引っかからないとは言っていたかな」

「捨てましょう!」

 助手ちゃんは鞄から一つ瓶を奪い取り、遠くへ投げるために振りかぶる。

「冗談! 冗談だ! 安心安全を徹底したそうだから、心配はいらん!」

 言われて助手ちゃんはすんでのところで留まる。

「そうですか……。それにしても団長さん。どうしてこんな怪しい物をあんな怪しい人に頼んだんです? 普通に自販機の栄養ドリンクとか、結構元気出ますよ?」

「確かにそうかもしれん。そうだな――」

団長は、大きく赤い応援団が振る旗を見上げる。つられて、助手ちゃんもその旗に視点を合わせる。

「助手ちゃん、俺たちの役割って何だと思う?」

「そりゃ、応援でしょう。応援団って言ってますし」

「いいや、近いが違う。俺たちにとって、応援は手段だ。俺たちの役割は! 俺たちの目的は元気をあげることだ!」

 団長は旗から助手ちゃんへ、そして助手ちゃんは手元の瓶を視線を向ける。

「それで、どうしてこの瓶になるんです? まさか、元気がない人に、無理矢理飲ませるとかしませんよね?」

「いいや、そのために頼んだ。だがそれは、団員に元気がないときだ! 己の気力がないのに、他人に元気をあげられるわけがない! 俺たちはときに、無理をしてでも声を出さねばならないときがある。そんなときのために彼に頼んだんだ!」

「おお。深そうで浅い。いや、浅そうで深いのかな?」

「浅いでいいさ! 単純な方が伝わりやすいからな!」

はっはっはと団長さんは大きく笑った。

「さいですか。ではもう私は戻ります……。あ! では団長さん、もう一つ質問していって良いですか?」

「ああ、そういえばさっき彼から電話で聞いたよ。死はどうして怖いか、だったかな」

さすが先輩手が早い。助手ちゃんはそう思いながら団長の言葉の続きを待つ。

「決まっている! 集団の輪から抜け出すことになるから怖いんだ! 七十億の集団から自分一人、新たな場所へ離れることになる。新学期に新たなクラスへ入るのさえ恐怖を感じることがあるんだ。七十億の規模なら怖くないわけがない!」

「……でも、新学期とあの世への旅立ち、両方応援するわけじゃないんですよね?」

「いやするさ! 俺たちの応援に善悪はない。どんな相手にでも元気を与え、どんなことでも勇気を出させるために声を上げる」

「やっぱり類って友を呼ぶんですね。先輩に負けず劣らず変態です」

「ああそうだ、その瓶は助手ちゃんにあげよう。元気がないときに飲むと良い」

 助手ちゃんは瓶をポケットに入れる。団長さんに手を振り、実験室へと戻り出す。

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