実験室に怪我人は無し
星印 夢
第一話 怖さ
怖さ ①
「ねぇ先輩」
「何だい助手君」
放課後、先輩の監視役として雇われた助手君と、その雇用主である白衣を着た痩せ型眼鏡の先輩さんは、高校から徒歩二十分のところにある観葉植物と実験用品があふれかえる先輩の実験室で、いつものように実験と監視を行っていた。
水道のついた固くて冷たい机の端から、助手君が同じ机の反対方向でフラスコや金属片を弄ぶ一学年上の変人に話題を出す。
「死ぬのはどうして怖いんでしょう」
「そこまで思い詰めていたのか。相手が誰かは知らないが、復讐するならこの瓶を持っていくと良い」
先輩は立ち上がり近くの棚からドクロのラベルが貼られた、助手君の手のひらに収まるサイズの茶色い瓶を手渡す。
「ああ、別にいじめに遭っているとかそういうんじゃないんですよ。ただ、考えたくなっただけです。それと、なんですかこの瓶?」
助手君は手渡された瓶をぶっきらぼうに、しかし油断はせずに眺める。
「まさかまたニトロなんとかじゃないですよね?」
「それにしても、助手君は本当にそういう哲学的な思考、好きだよね。どれだけ考えても、共有できる答えは得られないだろうに」
「無視ですか、この瓶のことは無視ですか。ここ置きますよ、いいですね? いいんですよね?」
「と、言っても「科学の答えが絶対だという保証はどこにある」って返すんだろうけど。僕たちの討論は永遠に終わらないよ」
助手君は完全無視された瓶をもう一度観察した上で、机よりも元の棚に戻したほうが安全だと判断した。
「どうして怖いか、そうだね。……現世の好奇心があの世で解消できるとは限らないからかな」
席を立ち、恐る恐る棚に瓶を戻す助手君へ、先輩は今回の話題の答えを返す。
「この棚、今の瓶以外にもドクロマークがたくさんあるんですが、地震とか来ても大丈夫なんでしょうね?」
「もしあの世とこの世で物理法則が違っているとしよう。そうすれば、死んでしまえば二度とこの世の科学を扱えなくなる。そもそもあの世に実験器具はあるのか、できる環境にあるのか。それがわからない限り、あるいは、そんなものはないと証明されれば、僕は死を恐れて逃げ続けると思うよ」
「先輩が変態なのはわかりましたから、この瓶、本当どうするのか教えてくれません? もう爆発したくないんですけど」
「それは、応援団長に頼まれていたものでね、悪いけど届けてきてほしいんだ」
「……教えてはくれないんですね。わかりました。行ってきますよ」
助手君は何かをつぶやきつつも、雇われた身の上、仕方ないと実験室から出て行った。
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