第42話
慌ただしい日々は続く。
ユーテル·クラーニの帰還及び、ジェルフ·ダーマーの死は瞬く間に世界中にしれ渡り、ボアーノの名で発行されていたクラーニ兄弟の手配書も取り消されることとなった。
ボアーノの悪名がいかに酷かったかは、クラーニ復興を喜ぶ各国の新聞で明らか。
だがしかし、クラーニ時代の重臣や兵はそのほとんどが既に処刑されてしまっており、国を運営できるようになるまではまだ月日が要ることだろう。
経費も、だ。
ゴラやタゴルダが支援金を申し出てくれているというが、国皇となったユーテルがどこまでその支援を受け取るか。
とまあ、つまりはホリンとエーディンの船旅もこれで終わりとなったわけであるが。
「悪い···まだアスタルテに帰せる目処が立たねえ。」
ユーテルもユフィール双方に頭を下げられる始末。
二人とも睡眠を削ってクラーニの復興に奮闘している。
ジェルフの隠し財産なるものも発見されたらしいが、困窮した国民への支援であっという間になくなるだろう。
断絶された国交や貿易の復旧。まずは自力で金を捻出させるのが先決。
ホリンはといえば別にアスタルテに帰るのはまだまだ先で構わない。
エーディンも同様だろう。
なのでそれを率直に言ってみる。
「気にしないでくださいよ。」
クラーニにいるのだって居心地は良い。
アスタルテとは元より国交がないため、クラーニが戻ったとてホリンのおかれている立場、アスタルテ的には脱走兵、にかわりはない。
義両親とマーギがよくないことにならなければよいが、その情報もユフィールが仕入れてくれているのだ。
つまりは現状維持が最善。
「ハッタリでもアスタルテにケンカ売れればいいんだが、本気で戦になったら今のクラーニには勝ち目がねえんだ。」
正直、ホリンがいてくれるのは助かる。ユーテルがそう添えた。
兵の足りない中、一応ユーテル新国皇の護衛を任されていたホリン。
自分のせいで全面戦争になるのは御免だった。
「分かりますよ。ここの復興を優先しましょう」
まだまだ不安定ではあるが、いい国になりそうだ。そんな予感がある。
実を言えば、本気でクラーニに住むのも悪くないと思っていた。
今言うべきことではないだろうし、エーディンのほうはというとわからないのでまだ胸の内にしまっているが、いずれ話すときもあろう。
ユーテルとユフィール、ホリンで束の間の休息の最中に、賑やかな声が乱入してきた。
セレスにミディール、ウォルカ、ルトーの兄弟にエーディンとアゼル、ザベルを加えた一行だ。
「あ、おやつ食べてる!!」
目ざとく見つけるセレス。
「糖分補給。」
短く返して、ユーテルが皿に盛られたクッキーとチョコを差し出す。
喜びの表情でそれを受け取ると、皆でそれを囲んだ。
その輪からアゼルがこちらにやって来る。
「ユーテル様。ウォルカ様の脚ですが。」
「ん。どうだ?」
「長さや強度の調整を繰り返していましたが、歩く分には違和感がなくなってきたようです。」
「そうか。よかった。」
ゴブワードは約束通り、ウォルカの義足を作った。
粗末な義足と杖でやっと歩いていたウォルカにとって、杖なしで歩くというのは体の動かしかたを根本的に見直すことでもある。
そう簡単にはいかぬであろうという周囲の予想を良い意味で裏切り、ゴブワードに対する評価も変えざるをえない。
もちろん、本人の歩きたいという意志あってのものだが。
複雑なのはユフィールだ。
「そんじゃ、処刑はお預けか。」
殺したいといわんばかりの台詞。
しかし。
「いや、血契を施したのなら処刑の必要もないだろう」
クラーニを決して裏切らぬ血の契約。それをゴブワードにも施したのだ。
ユーテルの言葉に、ユフィールは眉を寄せる。
「あのな、あんな化け物を作った奴だぞ。危険人物過ぎるだろうが。」
吸血鬼もキマイラも、倒せたからよかったものの。
そう考えたら確かに危険極まりない。
「魔力の研究だってな、人命に関わるようなことになってきたら即やめさせるぞ」
息巻くユフィールだが、反対に冷静なのはアゼルだった。
「しかし、技術者というか、医術者というか。腕は良いですよ。ウォルカ様のケガも義足もそうですし、
あの猛毒さえ、解毒剤をあっという間に作ってしまったわけですから。」
散々アゼルを苦しめた毒はゴブワードがあっさりと解毒剤を作ったのだ。後遺症もなく、服用後の経過も順調なのだ。
ユフィールは首を横に振る。
「腕がいいからダメなんだ。魔力を取り戻すなんてな。」
そこで一口紅茶を飲むとユフィールが続けた。
「そんなことしても、いいことなんかねえよ。」
魔力を取り戻すなんてことが本当に出来るとはホリンには思えない。
しかし、吸血鬼やキマイラを作ったゴブワードならもしやという気持ちもある。
ただ、それがこの世界にとってどう作用するのかは想像もつかない。
「それより!目下最重要事項はゴブワードなんかじゃねえ。」
ばん、とテーブルを叩いてユフィールが話題の転換を図る。
「そうでした。今日視察に行ったところ、昔の闘技場は清掃や修復しすればなんとか使えそうです。整備にある程度期間は要るでしょうが。」
「そうか。じゃ、決まりだな。」
アゼルとユフィールでそう会話するが、なんのことか分からないのはユーテルもホリンと同様のようだった。
「決まりって?アゼルと何か相談してたのか?」
そうユーテルが問うても、ユフィールの答えは短い。
「軍神マルスの引退興行。」
それが聞こえたのか、セレスから不満声が上がる。
「嘘でしょ?!」
「嘘じゃねえよ。大体にしてもう必要ねえ。」
必要ない?とはどういうことか。
「あー···そうだよなあ。それどころじゃねえし。」
「だからな、最後の引退試合をクラーニの闘技場でやればまあまあの経済効果期待出来るだろ。」
ユーテルとユフィールがそう話しても、内容が分からないホリン。
マルスの引退試合なんて、勝手に決められるのだろうか?
その疑問は思いっきりホリンの顔にでていたようで。
「···ホリン?もしかして気付いてない?気付かなかった?」
「へ?」
思わずすっとんきょうな声を上げるホリンにユフィールが溜め息を吐いた。
「鈍いな。軍神マルスはユーテルの変装の一つだったんだよ。」
「は?えーっ!」
ユフィールがそうネタバレするが、全く気付いていなかったホリン。
「気付かれないようにはしていたからね。」
「あれでか?」
国皇になったとはいえ、ユフィールのユーテルへの態度や呼び方は変わらない。
服装だって、王族が召すようなものではなく、船旅をしていたころのままだ。
それはユフィールだけではなく、ホリンもエーディンも今までと同様にしてくれと言われている。
変わりすぎる環境。
せめて、近しい者だけでも変わらずに接してほしいというクラーニ兄弟の意向を尊重した形だ。
それよりも。
「全然···気付いてなかった。」
ことがホリンは大いにショックだった。
「それはともかく、マルスはもうお役御免だ。最後にもうひと儲けして幕引きといこう。」
「名残惜しいけどな。」
ならばその準備も不可欠だ。
「とりあえず、アゼルとザベルで闘技場を整える人員を確保しておいてくれ。」
「分かりました。」
アゼルが一礼してセレスたちの元へと戻っていく。
「引退試合ですか。盛り上がるといいですね。」
セレスは大きなショックを受けているらしいが、まあこればかりは仕方ない。
「ホリンも、盛り上げ役頼んだぞ。」
ユフィールにそう言われてホリンは目が点になる。
「アスタルテで脱走兵扱いされている以上身分を明かすことはできないが、出場してもいいってこと。」
「いいんですか?!」
「出るからには勝てよ」
「はい、もちろん」
思いがけず、出場の機会を得られた。
闘技場の整備というからにはまあ数週間は必要であろう。
「八百長はなしでな。」
「はい。全力で行きます」
楽しみであることは確かなのだがそれ以上に、この国のためにできることがあるのが嬉しい。
ちらりとミディールに目をやれば、目が合った。
「良かったな」
ルーヴァという名前をもう必要としなくなった彼女は、笑ってそう言ってくれた。
皇国の落ち人 山桐未乃梨 @minori0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます