第41話
ボアーノ兵士を助ける義理はないが、この化け物を仕留めるには血を啜っている今しかない。
ふらつく脚でなんとか地を蹴り吸血鬼めいた化け物の首を小太刀で狙った。
体を侵食する毒を考えれば、この一太刀が唯一のチャンス。だったのだが。
化け物の反応の方が早かった。
首に迫っていたアゼルの小太刀を、口で受け止める。力も相対外に強い。
一度引こうにも、食らいついて離さない敵の目が爛々と光る。
やがて、その口がアゼルの小太刀を折ると、アゼルの首に喰いついてきた。
自分の血を吸われるのが分かる。
抵抗も、もはやできない。誰が何と言おうと、指一本も動かせなかった。
気を失う寸前に父の声が聞こえた気がするが、それが幻なのか現なのかわからぬままアゼルは意識を手放した。
「アゼル!」
ガントがアゼルの元へ戻ると体の大きな化け物が覆いかぶさっていた。
身の毛のよだつ光景に、ガントは大刀を構え、化け物を切り倒そうとする。
しかし、その前にその化け物が倒れた。
一体どうしたのかと駆けよれば、すでに絶命している。
アゼルを侵しているのは本来猛毒。アゼルの血も、治療が完治していない今はうっかり口にすれば命に関わるほどの猛毒性を帯びている。
治療が済んでいないことが幸いだったようだ。
アゼルのほうは首から血を流していたがまだ息があった。
すぐに背負い、ユフィールのいる船に運ぶ。
間に合ってくれ、助かってくれ。
そう祈りながら。
大型のライオンのようで、頭にはヤギのような角。
そしてよくよくみれば尾はヘビであった。
口にはジェルフを咥え込んだまま。
口を動かせば、ジェルフの胴体は千切れその肉を食む。
思いがけず仇は死んだわけだが、この状況では何も喜べはしない。
逃げるか。
否。
逃げた所でこのキマイラが城下に向かえば阿鼻地獄と化す。
国は国民あってこそ。
長いジェルフの圧政が終わったのだ。これからのこの国の人々には穏やかに、そして豊かに暮らしてほしい。
「ホリン、ルーヴァを船まで頼む。」
「兄さん?」
キマイラから目を逸らさずに、ユーテルは言う。
戦うのは自分一人だ。
ルーヴァは不満そうな声を出すが、戦わせるわけにはいかなかった。
それはホリンも同じ。
しかし。
「ユーテルさん、俺も残りますよ。」
「俺もだ。」
二人揃って、ここを離れてはくれない。
キマイラが今の食事を終えたら間違いなく、標的はユーテルたちに移る。
だからはやく立ち去ってほしいわけだが。
「ユーテルさん、確実に仕留めるなら一人より3人ですよ。ルーヴァは俺が必ず守ります。」
そう言われてはユーテルも折れるしかない。
残っていいのだと言われたルーヴァの顔も引き締まる。
では、問題はどうやって倒すか、であるが。
「今の内に距離をとっておくぞ。狙いを定めさせるな。」
ユーテルの声を合図に、ジリジリと3人は間を空ける。
その様子さえ、キマイラはじっと値踏みするように睨んでいた。
動こうとしないことが不気味ではあるが、猛獣相手に先制は危険。
焦らず、ユーテルは剣を握りしめて機を窺った。
それもホリンもルーヴァも同じ。
やがて、喉を鳴らしてキマイラがジェルフを食い終わると、キマイラは助走もなしに高くジャンプする。
キマイラが向かっていたのはルーヴァだった。
双剣を構えるルーヴァだが、ユーテルとホリンが同時に叫ぶ。
「ルーヴァ、後ろに跳べ!」
当の本人もそのつもりだったようで、高さのある跳躍でキマイラを避けた。
駆けるより跳んでくれた方が動きを読みやすい。
着地点目掛けてユーテルはくないを二つ投げつける。
上手く後ろ脚に二ヶ所を斬りつけた。
キマイラには大したダメージではなかったようで、一瞬ユーテルの方を見たが再びルーヴァを狙って今度は駆け出す。ルーヴァの後ろは壁だ。
受けるか、避けるか。
「ルーヴァ、動くな!」
そう指示したのはホリンだ。
ホリンはいつの間に大ホールのシャンデリアの上にいる。そこからキマイラの頭の狙って飛び降りた。
ホリンに気づいたキマイラが狙いをホリンに変える。
大きな口を開けてホリンを喰おうとしたかに見えたキマイラだが、突然静止した。
その隙にホリンの剣がキマイラの顔面を一刀。
続けてユーテルがキマイラの首を掻き斬ってキマイラは倒れた。
「ルーヴァ、無事か」
ユーテルとホリンがルーヴァの元に駆け寄る。
「大丈夫だよ。」
ぴくりとも動かないキマイラにようやく3人は安堵の息をついた。
それから。
城の各所に掲げられていたボアーノ国旗を下げると丁度夜明けになり、ゴラ兵が戦っていたボアーノ兵は散り散りに逃げ出していた。
一旦船に戻ると意識不明のアゼル。再度ガントから輸血することで一命は取り留めたが、完治の難しい毒にユフィールは苛立っていた。
ユーテルの帰還を待ってユフィールがホリンと新設された地下室を捜索すると、白旗を降る腰の曲がった老人。
「ここに来られたということはジェルフ皇帝は負けたのでしょうな」
ニタニタと笑い、ゴブワードと名乗った男はまるでこうなることを予想していたよう。
「ジェルフの仲間じゃないのか。」
ユフィールが銃で脅すが、それにも動じない。
「ただの雇われ科学者です。」
ゴブワードの言葉にユフィールの眉間に皺が寄る。
「ボアーノが使っていた毒。お前が関与しているのか」
「へえ。作ったのは私ですので。」
「解毒剤は?」
「ありません。相当な猛毒です。解毒剤なんて使う間もなく死にますよ。」
「じゃあ、お前も死ね。」
それまで動じなかったゴブワードは、ユフィールの本気の目にようやく焦りを見せた。
「いやいやいや。お待ちください。ウォルカ皇子の腕。治療したのは私ですよ?完璧な処置だったでしょ?」
「キマイラと吸血鬼は?」
「私の生涯かけての研究です。ジェルフにいいように使われただけですよ」
「化け物製造の研究か。やはり生かしてはおけない。」
「私はね、この世界から失われた魔力の研究ですよ。キマイラも吸血鬼もその過程でたまたま見つかっただけ。今も魔力は微量ながら存在する。活用次第では、もっと便利になりましょうな。」
「果たしてそうかな?活用できたとしても、その微量な魔力を巡って世界中が争う。」
「争いが起きるような量じゃありませんよ。」
ホリンは黙ってユフィールとゴブワードの会話を聞いていた。
魔力が存在するなど本来であれば失笑ものだが、現に魔獣を目にしてしまうと信じざるをえない。
研究室を見渡しても、何がどう魔力の研究で、どうやってキマイラを産み出したのか全くの謎ではある。
興味深い。ただそれだけはいえる。
そしてゴブワードは、交渉の切り札といわんばかりの提案をした。
「それにね、ウォルカ皇子おられますよね?私に義足を作らせていただければ、走ったり跳んだりできるようになりますよ?」
「なんだと?」
「義足に必要なのは医学のほかに物理学、力学。どうです?貴方とウォルカ皇子の納得いくものができなければ、その時には命を取っても構いませんので。」
「···大した自信だな」
ユフィールはようやく銃をおろした。
一体どうなることやら、と成り行きを見守っていたホリンはほっと息をついたのだった。
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