激突! 料理バトル!

@Rui_Dimbula

第1話

静まりかえった家庭科室。水道の蛇口から水滴の音が落ちる音すら聞こえるほどに。

「「……」」

俺と部長は、そんな場所で息を潜めながらテレビを見つめていた。


『さて、今日の特集は、8月に行われる全国高校生「クッキング・タッグマッチ」についてです』

『7月初旬から予選が行われていますが、現在の状況はどうでしょう?』

『どこのブロックも白熱していますね。特に明日の予選では、前年度優勝した清香学園と、橘高校との試合があります』

『橘高校ですか。初めて聞きますね、何かあるのですか?』

『はい。あの料理家、増井晴信の息子さんが出場されるそうでして……』

『そうなんですね! 予選とはいえ、大変気になります』

『注目の清香学園と中継が繋がっています。では、調理部の皆さんどうぞ!』


「……」

隣にいる部長の表情が引きつった。

彼女は黒髪ボブカットの女の子で丸眼鏡をかけていて、眼鏡の奥の眼差しは真剣そのものだった。

「……初戦から厄介な相手ね」

「そうですね……」

クッキング・タッグマッチ。高校生であることが出場資格のこの大会は、全国の調理部部員が出場する、いわば料理界の甲子園だ。この大会に優勝した者は、料理研究家や一流シェフへの道があると言われており、俺たち調理部のメンバーにとっても見過ごせない行事だった。

「でも良勝くんが出るのなら、諦めるのは早いわ」

期待に満ちた眼差しで部長は俺を見る。

「……親父が有名ってだけです」

俺の父親は、増井晴信。名の知れた料理研究家だ。

(だけど、俺は……)

部長に見えないように、ぎゅっと拳を握り唇を噛む。

近いからこそ分かる。発想力や料理の情熱、どれを取っても自分は足下にも及ばない。そして、父親が有名だからという理由で、勝手に期待されることにも嫌気がさしていた。

「お父さんは関係無い、良勝くんだからよ。あなたの料理、とっても美味しいもの」

ふっと、部長は口元を緩ませる。普段は厳しい彼女だが、こうやって勇気づけてくれる優しい人だ。

「俺はまだまだです。褒められても困る、というか……」

「謙遜ね、まあいいわ。頼りにしてるから」

「ありがとうございます……でも」

「出場人数は6人……調理部全員参加です。もちろんアイツも……」

「あぁ……カリナちゃん……」

部長は切ない声でつぶやきながら空を見る。俺も無言。気まずい空気が流れた。そんな空気をぶち破るように──。

「できたよ! 良勝くーん!」

後ろのほうから声が聞こえてくる。

「げっ、噂をすれば……」

振り返るとそこには、俺より頭ひとつ分ぐらい背の低い女の子がいた。群青色の大きな瞳に長いまつげ。明朗快活な雰囲気の美少女だった。

俺と目が合った彼女は、薄桃色の長い髪をなびかせ、にっこりと笑う。

「カリナの話してた? ずるーい、混ぜて~」

彼女は口を尖らせて催促をする。ふとした仕草も微笑ましいが、コイツの所業を知っていると、どうにも笑えない。

「……何でもない。用は?」

「あっ、そうだ! はいこれ、さっきのレシピのやつ! 焼きたてだよ!」

大皿を俺に見せつける。そこには……。

「な、何じゃこりゃーー!?」

思わず絶叫する。皿の上に乗っていたのは、丸く真ん中が空洞の物体だった。絵の具をぶちまけたような毒々しい水色に、所々黒い焦げが付いている。焼き加減を間違えたのか、プスプスと焦げて燻っていた。

「シフォンケーキだけど? おかしいとこある?」

「これ、ケーキなのね……」

部長も驚いて、空いた口が塞がらないようだった。

「ささっ、どうぞ召し上がれ~」

「んなもん食えるかっ! 作り直せ!」

「えっ……」

ショックで目を見開くカリナ。そしてポタリと瞳から涙がこぼれる。

「わぁーんっ! せっかく作ったのにぃ……ひどいよぉ~」

「うっ……」

こんな顔されたら、いじめているみたいじゃないか──俺のほうが折れることにした。

「はぁ……分かった。さっさとフォーク貸せ」

「食べてくれるんだ! 嬉しい〜! ささっ、どうぞ」

カリナはぱぁっと顔を綻ばせフォークを差し出した。それを受けった俺はまずは表面を突つく。

「……固い」

表面が鉄のようで、およそスポンジとは思えない。

(あのレシピと材料でどうして……)

しかもつきっきりで教えたのに──完成したのは、錬金術に失敗した魔物のようだった。

「あのね……良勝くんに食べて欲しかったから、私がんばったの」

「……そうか」

彼女は照れながら俺のために作ったと言った。ならばと思って俺は覚悟を決めて、おぞましい見た目のケーキを口に運ぶ。

「……んぐ……もぐもぐ…………おぇえええッ」

(何だこれっ!? し、痺れる!)

ケーキなのに微塵も甘さを感じなかった。代わりに感じたのは、ツンと鼻につく酸っぱさと、漢方薬のような苦み。噛むたびにエグみが出るそれは、食べてはいけない味がした。

「きゅ、救急車呼ばなきゃ!? 意識あるっ!?」

部長が慌ててスマホを取り出すのを制す。

「……ああ、問題ない」

うっぷと、戻してしまったものを手で拭いながら、無理矢理笑って。

「どーしたの、良勝くん?」

「……」

毒島カリナ。彼女こそ無自覚にポイズン料理を量産する、我が部のトラブルメーカーだった。


日が沈みあたりが暗くなってきたころ。俺とカリナは共に、帰り道を歩いていた。

「はあ……今日は自信あったのに……」

「どうしてケーキが苦くなる? 余計なものでも入れたのか?」

「材料はそのままだよ~? 手順も変えてないし……」

「じゃあ何で……」

俺は目を閉じてこめかみを押す。あのケーキの色、着色料でないならば──。

「まさかとは思うが……生地に洗剤入れたのか?」

「うん! 薄力粉、しっかり洗わなきゃね!」

「は、はぁああああ!?」

「ちょ、ちょっと声大きい! 怖いよぉ!」

「お前のほうがおぞましいわっ! そもそも洗うって何!? 薄力粉だぞ?!」

「えー、だってお米は洗うでしょ?」

「まさかとは思うが、米にも洗剤入れるのか?」

恐る恐る聞いてみる。

「うん! そうだよ!」

マジかよ。その感覚からして、まともな料理センスからかけ離れている。

「……でもぅ、ママ、カリナに料理させてくれないのぉ~、何でだろ……」

そりゃあな。そう喉元まで来た言葉をぐっと飲み込む。今度も泣かれたらたまらない。

「……味以前の問題だな」

ため息を吐く。食材の洗い方ぐらい義務教育で学んで欲しかったものだ。

「だからね~最近料理ができて楽しいの!」

「そう……か」

(……俺と逆だな)

料理が楽しいと思えたのはいつだろうか。最近はプレッシャーばかりで、そんな余裕は無かった。

だからこそ、下手でも前向きに楽しもうとするカリナのことは、羨ましいとさえ思う。

「ふん、楽しむのは自由だが──料理は人のために作れ。食べるものなんだから」

「りょーかい! 一緒に頑張ろーね!」

「……ああ」

お互いハイタッチをした後、それぞれの家に帰っていった。



次の日、俺たちが訪れたたのは、広大なキッチンスタジオだった。調理台が2対になって並んでおり、周りにはカメラがセットされている。

出場校の俺とカリナは、エプロンに身を包み、ちょうど身支度が整ったところだった。それを見守っていた部長は、俺たちに話しかける。

「1番手はカリナちゃんと良勝君ね。頼んだわよ」

「善処します」

「はーい! がんばります!」

「……カリナちゃんは、ほどほどにね?」

部長は苦笑いをしながら、カリナに忠告してから、応援席に去って行った。

それに入れ違いになるように、見知らぬ男が俺たちに近づいてくる。

「おい、あんた。増井良勝か?」

ぶっきらぼうに声をかけてきたのは、長身の目つきが悪い男だった。

「そうだけど……今日の対戦相手か?」

「ああ、俺は清香学園、3年食蜂紀人だ……ハッ、あんたがあの増井晴信の息子、ねぇ」

男は値踏みをするように俺をジロジロ見る。

「……何が言いたい?」

「何でもねーよ。おい、お前もさっさと名乗れ」

乱暴に女の子の手を引っ張った。

「私は……同じく清香学園1年の食蜂蜜花といいます。名前の通り妹です」

怯えたように話す女の子。肩まである濃緑色の髪こそ兄と同じだが、顔つきが弱々しく、気が弱そうに見える。

(兄妹で出場か、手強いな)

この試合は意思疎通の手段が少ない。お互いのことをよく知る兄妹はこの勝負にうってつけだろう。

「はいはーい、私も自己紹介っ! 毒島カリナだよ、よろしくね~」

「なんだお前。聞いたことねぇ、雑魚か? アンタに用はねえ」

「はぁああああ!? ちょっと失礼じゃないっ!? 何なのよっ!」

カリナは目を見開き眉を寄せ、抗議をする。

「ちょ、ちょっと兄さん、そんなこと言わなくても……キャッ」

兄は妹の足を踏みつけ、彼女の話を遮る。

「うるせぇ……てめぇは黙ってろっ!」

「……分かりました」

(何だこいつ……!?)

思わず庇おうと思ったが辞めた。彼女は初対面の上これから戦う相手でもある。

「……アンタ最低」

けれど、カリナはそうではなかったらしい。自分が馬鹿にされたときよりも、彼女の表情は険しくなっていた。

「あン? 文句あるのか?」

「やめろ、2人とも! ……そろそろ試合だ。そこで決着をつけたらいいだろ」

「……ふん」

そう言って相手ペアは自分の持ち場に戻っていった。

「むっきー! 何なのアイツー! ムカつく!」

「俺も……アイツを許せねぇ」

女の子に暴力を振るうなんてどうかしてる。それに──。

(アイツ、料理を何だと思って……!)

神聖なキッチンで暴力を振るったことが何よりも許せない。そして、同じ想いを持ったカリナのことが、今は頼もしく感じる。

「良勝くん! アイツ──ボコボコにしてやるよっ!」

「無論だっ!」

俺たちは闘志に燃えながら、調理台に向かった。



「いよいよやって参りました。クッキング・タッグマッチ東京第3区のトーナメントを開始します」

司会の声がスピーカーから会場全体に響く。いよいよ始まった。

「司会を務めますのは、夕焼TVの朝倉です。よろしくお願いします」

マイクを持って進行しているのはキツネ目の若い男性だった。腕には地方テレビの腕章を付けている。

「本予選を勝ち抜いた学校は、8月に行われる全国大会に出場することができます」

「また今回の試合には、3区内の家庭科教師2名と、料理人1名をお呼びしています。では順番に自己紹介お願いします」

「八王子第3高校から参りました、疋田始です」

始めに挨拶をしたのは壮年の男性教師だった。柔和な笑みを浮かべながら礼をする。

「津久井高校から来ました、米原しず江です。皆さん、期待していますよ」

次に挨拶が回ったのは、中年の女性教師だった。眉根が吊り上がっていて、いかにも気が強そうだ。

そのまま隣を見ると、真っ白なシェフコート身を包んだ初老の男性がいた。

(あの人……どこかで)

その顔つきには見覚えがあった。

「フランス料理ラ・トゥーレ店長、薪井戸諒です。本日はお招きいただきありがとうございます」

おおっと会場の人間たちが沸く。

「もしかして、前テレビに出ていた人!? すごいね!」

隣にいたカリナが興奮気味に、話しかけてくる。

最後に挨拶をしたのは、なんと三つ星料理店の店長だった。

「知ってるのか?」

「そりゃね〜勉強も大事でしょ?」

「……意外だな。熱心じゃないか」

「うそっ、良勝くんに褒められるなんて?! 」

「こら、舞い上がるな。試合中だぞ」

コツンと肘でカリナを押す。

「えへへ〜」

カリナは舌をちょろっと出す。懲りない奴だ。

「では、ご会場にお集まりの皆さんに、本試合のルールを簡単に説明いたします」

プロの料理人の登場にざわめいている会場を、納めるように司会が声を上げる。

「選手は学校単位で出場し、2人1組、3チームで調理を行います。先に2本とった出場校の勝利です」

「制限時間は60分。チームの中で調理を行うものと、食材を取りに行く役割に分かれて試合を行います。

「なお食材や調味料は何品使っても構いませんが、全て取り入れてください」

「そして、タッグマッチの特有のルールです――食材は時間が経過するごとに、こちらから3種類追加します。調理パートナーはその中から臨機応変に食材を選び、調理している相手に渡してください。ただし、会話はできません」

「30分経ったら、インターバルを5分挟み、調理をパートナーと交代します。その後も適宜食材を追加しますので、臨機応変に使用してください」

「では! 試合開始 !」

ビーっと電子音が鳴り響く。俺は調理台へ、カリナは本部食材コーナーに急ぐ。

(まずは主食だ……!頼んだぞ、カリナ!)

「では、1品目、米、小麦粉、そうめんです!」

米──どんな風味の料理にも合わせやすい、タッグマッチ王道の食材だ。

「もらった!」

カリナは米に手を伸ばすが……。

「ふっ!」

食峰兄も手を伸ばし、カリナの手を乱暴に払い除けた。

「いたっ!」

カリナは手を引っ込める。

「はっ、おせぇよ!」

その隙に兄は2合分の米を奪い取り、さっさと妹の元へ戻る。

「……やなやつっ!」

カリナは残りの食材をろく見ず適当に鷲掴み、俺に持ってきた。それは──そうめん2束だった。

(はあ?! 何でそうめんなんだよ!)

心の中で突っ込む。これなら小麦粉の方がマシじゃないか。

「おおっと、カリナ選手はそうめんを選びましたね! この判断がどう今後に影響するか注目です!」

「この季節ならではですね。どんな料理になるか楽しみです」

興奮気味に話すのは司会男性。続くように男性教師が絶賛する。

適当に選んだだろ! と心の中で突っ込む。アイツは怒ったとき、向こう見ずに行動するからだ。

「さあ、主食が決まったところで……次は調味料に参ります」

司会は続けて食材を紹介していく。

「料理の元になる味がこれで決まります。慎重に考え、選んでください」

シェフも重ねて忠告する。たしかに主食よりも大事な部分だ。

次こそまともなものを選んでくれるよう、祈る。

「調味料は中華味の素、めんつゆ、ナンプラーの3種類です!」

(何も悩むことはないっ! めんつゆを選んでくれ──!)

カリナが、めんつゆを選ぶように祈るが……。

「なぁ〜にこれ! 何だろ〜?」

願いも虚しくカリナが手に取ったのは、ナンプラーだった。

「な、ナンプラー……?」

渡された調味料を見て唖然とする。ナンプラーとは、東南アジアの料理で使う、片口鰯で作った醤油のことだ。

(んなもん使ったことねぇーー!!)

心の中で叫ぶ。そしてカリナよ、さっきから食材を選ぶ基準に統一性が無さすぎじゃないか?

「ナンプラーですか。そうめんとの組み合わせは初めて見ます。これはどう転びますかね?」

司会は女性教師に話を振る。彼女は口をへの字に曲げて、訝しげに俺たちを見て発言した。

「策があるのなら良いのですが……その場限りの選択であれば、悪手ですね」

全くその通りだと答えたい。

「補足です。与えられた食材は全て使うこと。そして配られた調味料でメインの味に仕上げることが本試合の条件です」

追い打ちをかけるように司会はアナウンスを行う。使いにくいからといって、少量だけ使ってごまかすのは許されないのだ。

(どうするんだこれ……)

ガクンと肩を落とす。エスニック料理は初めてだ。上手に作れる訳がない。

「さて、調理する素材が集まってきましたね。塩、胡椒、酒、みりん等の調味料は中央にあります。こちらは任意で使用してください」

「作りながら考えよう……」

チラリと反対の調理台を見ると、妹のほうは兄から米とめんつゆを受け取ったようで、炊き込みご飯の準備をしている。それを横目に見ながら、俺は沸騰した湯にそうめんを投入した。


「さて試合開始から15分が経ちました! 食材を紹介します」

スープの出汁を作っているとき、司会から新たな食材のアナウンスが入った。

「もうそんなに経ったか!」

必死に味付けを考えていたら、瞬く間に時間が過ぎていたようだった。

次は主菜にできる材料が来るだろう。耳を澄まして、司会の声を聞こうとする。

「鯛、エビ、しらす! どれも新鮮な食材です~」

「エビと鯛……! これは困ったな……」

俺の心を代弁するかのように、司会とコメンテーターが続く。

「おおっと、橘高校、これは悩みます〜。 相手の妨害をするか、自身の料理に適したものを選ぶか! 悩みどころです」

「私なら鯛めしを作るのを阻止しますね。清香学園には素材選びで負けています。遅れを取り戻すのなら今でしょう」

(頼む、鯛を選んでくれ――)

俺は祈るようにカリナを見る。カリナが取ってきたのは……。

「このしらす美味しそう~! 持っていこっと」

(おいおいおいいいいいい!!)

料理は組み合わせが大事だと、何度も何度も口酸っぱく言ってきたのに。しらすとナンプラーなんて前代未聞の組み合わせだ。チラリと相手チームを見ると、兄がカリナを指さして笑っていた。明らかに挑発している。

(くそッ、絶対何とかしてやるからな――!)

俺は男を睨み、持ったお玉を折れそうなほど強く握りしめた。


ビーっと電子音が鳴る。調理中断の合図だ。

「皆さん手を止めてください。今からインターバルの時間です」

司会の一声で俺たちは手を止める。

「この5分間はお互いのパートナーと会話ができます。後半の調理方法など話し合ってくださいね」

そう言われたことで、持ち場にいたカリナがキッチンに戻ってきた。

「良勝くん! カリナの選んだ食材どう~?」

「どうもこうも……お前ふざけているのか?」

「むっ、失礼な。真剣だって!」

「マジかよ。ナンプラーにシラスは無いわ……」

がっくりと肩を落とす。

「ええ?! カリナ変? みんな美味しそうだと思ったのに!」

「調理のほうも考えてくれ。選んだモン混ぜるんだぞ?」

「あははっ、ごめんごめん! でも美味しそうな匂い! 結果オーライじゃない?」

「はあ……俺の苦労も知らずに」

そう言いながらも、何とかものにはなっている。出来ていたのはフォー風そうめんとしらすの炒め物。8割方完成というところか。

「カリナはこれからどうしたらいい?」

「そうだな……ほぼできているし、材料切って入れるぐらいでいいだろ」

「ええー、それじゃあ楽しくない〜」

「審査員を病院送りにする気か? ……味付けは無しだ」

「はいはい! 分かってる! 良勝くんの努力は無駄にしない!」

「ああ。頼んだぞ、カリナ」

「まっかせて! 切るのは得意だよ!」

ビーと再び電子音が鳴る。インターバル終了の合図だ。

「では選手の皆さん、交代です。各自移動お願いします」

カリナと役割を交代した俺は、食材カウンターの前に向かった。


「さあて、後半始まりました! 清香学園は、鯛めしと日本食で攻めております。橘高校はフォー風のそうめん、シラスの醤油和えとエスニック系でまとめておりますね」

興奮気味に司会が話していく。

「さすが清香学園。食材選びに堅実さが出ています。今のところ1品ですが、めんつゆを押さえているので応用がききそうなのも評価が高くなりますね」

女性教師が絶賛するのは清香学園だ。

「橘高校も面白いですね。ナンプラーを使用するのはなかなか珍しいです。難しい味付けになる反面、どう転ぶかハラハラして面白いです」

男性教師は俺たちを褒める。奇抜な選択をむしろ好意的に捉えているようだ。

「……」

店長は腕を組んで、無言で考え込んでいた。

「では、後半最初の食材を紹介します! ピーマン、玉ねぎ、トマトです!」

「もらった!」

俺は反射的に手を伸ばし、ピーマンを取る。シラスとピーマン。切って炒めたら一品完成だ。

「うう……」

妹は悔しそうにトマトを取る。

(頼む、伝わってくれ──)

祈るようにッピーマンをカリナに手渡し、持ち場に戻る。

「ええと……ピーマンは生じゃダメ、刻んで焼くのかな?」

カリナは、包丁でピーマンを千切りにしていく。

「よしっ、そのまま焼いたらシラスのピーマン炒めだ!」

思わずガッツポーズをする。味付けさえしなければ、食べられるものができるだろう。

……だが、俺たちの快進撃は続かなかった。


「最後の食材を紹介します──鶏肉、ソーセージ、ロースハムです 」

(ハムしかないっ!)

想像通り加工品が入っていた。俺はすぐに取ろうとするが……。

「……絶対に渡さないっ!」

妹は意図を察したのか、俺より先にハムを取り上げる。

(なっ、これじゃ計画が──!?)

カリナに、味付けはするなと言ったところなのに。

(間に合わない──!)

「くそっ!」

すんでのところで俺はハムを取り逃がす。余裕があったのが一転、俺たちはピンチに陥る。

(これじゃあ料理が……)

出された食材は全て使わなければならない。そして、味付けにカリナは成功したことがない。

(鶏肉かソーセージ……)

ソーセージか鶏肉。そうめんに合うのは鶏肉だが、果たして彼女がちゃんと調理できるだろうか。

(食中毒を出したら……試合中止になる)

学校のみんなに迷惑がかかる。けれど──。

(いや、俺はカリナを信じたい)

料理が好きだと言ったカリナのこと。きっと奇跡を起こすと信じて──俺は鶏肉に手を伸ばした。

「……」

無言でカリナに、鶏肉を乗せた皿を見せる。

「こ、これ生のお肉、だよね!?」

「ど、どうすれば……」

「……」

(カリナ、お前の力を見せてくれ!)

じっとカリナの瞳を、真剣な眼差しで見つめた。俺の想いが伝わると信じて。

「……! 分かった、私、頑張ってみる!」

そう言って、彼女はコンロに向かい調理を始めていった。

ビー! 電子音が鳴り響く。

「では、手を止めてください! 試合終了です!」

カリナと食蜂兄は手を止める。カリナは鶏肉の調理を終えて、そうめんの上に置いたところだった。

とりあえずは完成しているが、不安に駆られる。火は通っているのか、味は濃すぎないか。そもそも食えるものなのか。

(いや、俺はアイツを信じる――!)

パートナーを信用できずして、何がタッグ・マッチか。あとは祈るだけだ。

「では、両チームの試食をお願いします。まずは清香学園から」

司会が審査員に食べるように促す。

「鯛めしとハムのサラダですか。強豪校、やはり盛り付けにもセンスを感じます」

盛り付けを評価したのは女性教師だ。

「お味のほうを見てみましょうか……ふむ、出汁がしっかり取れています。鯛の身もふっくらしていて美味しい。ほっぺが落ちそうです」

見るからに美味しそうにする男性教師。

「ふむ……」

シェフは黙って料理を口に運ぶ。

「では、次に橘学院の料理をどうぞ!」

「ピーマンの肉炒め、とても美味しそうです……ええと、フォー風そうめんの鶏肉ですが、これは焼いたのでしょうか? 普通は茹でると思うのですが……」

「盛り付けも雑に感じます。これ、小学生の料理でしょうか」

「……ふぅ」

俺たちの料理を見て審査員たちは難色を示す。

「……」

カリナも険しい表情をしていた。俺はそっと彼女の肩を叩く。

「カリナ、よく頑張った。今までで1番の出来だぞ」

「だよね! うん、流石私!」

「……はっ、あの女、下手すぎるだろ。本気出すまでもなかったな」

小声で兄が俺たちを挑発する。

「……どうでしょうか」

妹は不安そうにしている。そして――。

「いよいよ結果が出ました! では審査員の皆さん、一斉に札を上げてください」

緊張の一瞬。俺は祈るように目を瞑った。そしてフリップが上がると──。

「はっ……? うそ、だろ?」

「え……俺たち、勝って……?」

――この勝負は1対2で俺たちの勝ちだった。

「おいっ、こいつらの料理より、俺らのほうが旨かっただろ! どうして――!?」

「確かに味付けや盛り付けは清香学園のほうが上でした。ですが、どうにも引っかかるところがありまして──」

申し訳なさそうに告げる男性教師。

「引っかかるって……何だよそれ。」

「驚きが無いのです。まとまってはいるのですが意外性に欠けていて。ですが橘学院はエスニック風にチャレンジされました。その点を私は評価したい」

「私からも一言。食峰さん、あなた方は料理を楽しんでいないように見受けられました」

「せっかく高校生なのですから、これからは楽しく作ってくださいね」

シェフは清香学園のほうに向き、笑顔で言った。

(楽しい……そうだ)

料理をすることが苦痛だったのに。カリナと作るのはいつだって俺も笑顔になっていた。

「……」

今度は兄のほうが押し黙る。

「ということで、1戦目の勝者は橘高校、毒島カリナ増井良勝ペアです! みなさん拍手を!」

司会の声かけで会場が割れんばかりの喝采が沸き起こる。かか

「か、勝ったの!? 嘘!? 信じらんない!」

「やったな! カリナ! ようやくメシマズ卒業だ!」

「マズくないし~でも嬉しい!」

喜び合っているところに、やってきたのは食蜂兄妹だった。

「……今回は勝ちを譲ってやる」

「ふん、次だってコテンパンにしてやるわ!」

「何を──!」

「に、兄さんっ!」

「あとね妹さん。私からも言いたいことがあるの」

「何でしょう?」

「料理はね──楽しまなくっちゃ!」

カリナは笑顔でそう言った。

(ははっ、えらそーに言うよなあ。まっ、お前らしい)

得意顔で話す彼女の姿を、俺はしばらく眺めていたのだった。

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