第三章 支配者たちの晩餐・3

***


 宴まであと三日、二日と迫る中、各国からの国賓が続々と到着していた。

 西からはヴィーゼン王国、南東のキーワック国、そのまた東のラマヤット王国。真東に位置するニアーダ王国は、父上が招待した四カ国の中では最もミジェに近いはずだが、その国賓は最後、宴の当日昼過ぎにようやくやって来たらしい。

「らしい」としか言えないのは、ハーレイは彼らの出迎えに参加させてもらえなかったからだ。

 高貴な賓客たちを出迎えたのは父上と兄二人、そして重臣たちだけで、ハーレイはいつも通りライサンダーと二人きりで勉強と剣術訓練にいそしんでいた。

 外国の貴人たちがどんな美しい馬車に乗ってやってきたのか見物したかったが、お出迎えの後はすぐ会談が始まるのだから子どもの出る幕ではない。

 ハーレイの務めは、宴で葡萄酒ならぬ葡萄汁を飲みながらかわいらしく笑顔を振りまくことだ。――そういえば、葡萄酒の名産地はどこだったっけ? ニアーダのことに心を奪われているハーレイは、十月に習ったことをすっかり忘れていた。

 そして、いよいよ宴の夜が訪れる。

 ファークロウ城の一階南側にある大広間に、ユーゴー帝国の皇族や有力貴族、そして国賓たち総勢百名余りが一堂に会した。

 四面の壁に設えられた黄金の燭台が煌々と灯され、大広間はまるで朝が来たかと見まごうほどに明るい。帝国領内から取り寄せられた海の幸と山の幸に加え、各国の使者たちが携えてきた名産品の数々が次々とワゴンに載せられて運ばれてくる。

 あまりにもご馳走が多いので、宴は皇帝の一存で好きなものを自由に取って食べる形式に急遽変更された。

 召使たちは苦労して大広間に持ち込んだ巨大な食卓と椅子を使わぬままに運び出し、代わりに小ぶりの円卓を十卓以上も用意せねばならなくなったが、ハーレイにとっては好都合だった。自由に歩き回れるなら、ニアーダの国賓に話しかける機会は十分にあるはずだ。

 広間の奥には演壇があり、誰よりも豪奢に着飾った皇帝が登壇すると一斉に拍手が起こった。

 黄金の帝冠をかぶり、ハーレイの拳よりも大きな紅玉が嵌められた笏を携えたユーゴー皇帝は、確かに神に選ばれた存在に違いない。だが、本来ハーレイと同じ色をしていたはずの青い瞳は、長い治世の間に培われた苦労と人間不信のためにどろりと濁り、賓客も配下も、自分の子どもたちでさえも冷たく拒んでいた。

 ハーレイは父上の姿を久しぶりに見た気がした。父上とはいうものの、生まれてこのかた世話をしてもらった記憶がない。同じ城に住まいながら、最後に会話したのがいつだったかも覚えていないほどだ。

 第二皇子クロードから十年も遅れて生まれた第三皇子ハーレイにとって、皇帝ハルバード三世ははるか遠い存在だった。父上はハーレイのことなど無いものとして扱っていた。帝位を継ぐ可能性がほとんどないからだろう。父上の姿を見ると胸の中がもやもやするので、ハーレイは壇上から目を逸らした。

「皆の者、遠路はるばるよく来た。今宵は楽しむがよい」

 笏を酒杯に持ち替え、乾杯を宣言する。

 父上がユーゴー皇帝として述べた開会の辞は、驚くほど短く、しかも権高であった。いよいよ宴の始まりだ。

 ユーゴー人の正装とは異なる礼装を身につけている人が外国からの来賓である。ハーレイは優しい次兄クロードに同伴を頼んで挨拶回りをした。

 ヴィーゼンの若き国王クラース夫妻はふたりとも背が高く、肌が白くて輝くような銀髪だ。王の礼装はユーゴーと似ているが、胸の上を左右に走る金の飾り紐が珍しい。

 ラマヤットからは女王セニシカが招かれている。かの国では富の象徴だというふくよかな身体を、ゆったりとした白絹のドレスが覆っている。

 王がいないキーワックから来たのは「議長」の肩書きを持つクマル氏で、肌は黒いが長く伸ばした髪と髭は真っ白だ。裾が長い地味な鼠色の衣装は貫頭衣かんとうい風で、ハーレイの目には正装というより寝間着に見えた。

 ここまでの三カ国は、国の首長自らが来ている。にこにこして礼儀正しいハーレイの振る舞いは受けが良く、皆が笑顔で応えてくれた。さすが貴人だけあって、みな流暢に帝国共通語を操っている。

 一方、ニアーダからの国賓は、国王チュンナクではなかった。

 彼は第一王子グエン・ジーン・カックェン・ニアーダ。痰がからみそうな名前だな、とハーレイは思う。

 チュンナク王の長男で、アテュイスにとっては甥にあたる人物だ。チュンナク王は心臓に持病があって長旅は堪えるので、代わりに息子が来たそうだ。

 アテュイスの親戚ならさぞや美しかろうというハーレイの期待は外れた。

 年の頃なら三十代半ばから四十代くらいかというグエン王子は、丈の長い水色の着物(「トガラ」というニアーダの伝統衣装らしい)こそアテュイスに似ているものの、目が細くて平べったい顔をした人だった。

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