第五話「正体」

 山尾さんは持ってきたショルダーバッグの中から、を取り出して私に渡してきた。

 彼女が持っているという証拠。それは何の変哲もないひとつのUSBメモリだった。


「……USBメモリ?」

「コピーしてあるので、それは先輩にあげます」

「何これ? 何のデータが入ってるの?」


 山尾さんはコーヒーをひとくち飲んでから、ゆったりとした口調で答えた。

「たぶん──『ユゲートカとパンドラの瞳』の真相……そのすべてです」

「たぶん? どういうこと?」


 このUSBメモリの中に入っているというデータ。

 もともとは山尾さんが友人の伝手つてで紹介してもらった、考古学に精通したある研究家から譲り受けたものだという。



 そして次に、山尾さんの口から飛び出した衝撃的な事実──


「実はわたし……昨日の朝、を拾ったんですよ」

「赤く光る……変な石…………?」


 私の心臓が大きく鼓動した。

 なぜなら彼女の言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に思い浮かんだ『あるモノ』は、本来この世界にあってはならないはずのモノだったからだ。


 『赤い石』というだけなら、ルビーを始めとする宝石などが多数存在しているし、場合によっては『光る』という現象も当てはまらないこともない。


 だが、今の私たちの会話の流れから連想されるシロモノ──


「じ……実在…………していた……?」



 私は目を大きく開き、山尾さんの手にしているUSBメモリに視線を向ける。

 山尾さんは、無言で私の目を見つめていた。



 私は今、知ってはいけないことを知ってしまったような──

 そんな錯覚に陥っている。


 山尾さんは、ゆっくりと話を続ける。

「このUSBメモリに入ったデータ……。復元したのはわたしです」

「……え?」

「この中に入っている真実を知っている人間は、現時点でこの世にわたし以外いないってことですよ」



 山尾さんは、いったい私に何を伝えようとしているのだろう。

 私は一度深呼吸をして、情報を整理してから、順を追って質問していった。


「あ、あなたしか知らない真実って……。そのデータをくれたっていう研究家は……?」

「さっきも言いましたけど、復元したのはわたしです。彼はこのデータをただの修復不能な破損データとしか思っていません」


 彼女の話では、もともとデータが入っていたオリジナルの記憶媒体は、はるか昔に発掘されたものだというのだ。

 その記憶媒体がどういった年代の地層から発掘されたのかも不明で、さらには発掘した時期すらも不明だという話である。


 現段階でわかっていることは、その記憶媒体が『オーパーツに相当する代物である』ということだけらしい。

 その現所有者というが、山尾さんが友人に紹介してもらったという考古学の研究家である。そして山尾さんは、その彼から破損データのコピーだけを譲ってもらったというのだ。


「彼も最初は専門家に依頼して、データの解析および修復を試みたらしいんですけど、何件か依頼して『修復不可能』という結論に至ったそうです」

「あなたは、よくそれを修復できたわね……」

「わたし、コンピュータ得意で……自分で言うのもなんですけど……昔からIQは高いって言われていて……自分でも…………その……自覚はあります」


 意外。

 こんな控えめな山尾さんが自分から公言するなんて、よほどIQが高いに違いない。


「……い、いえ! その……生意気言ってすみません……」


 そうだ。私の心は読まれているのだった。


「そんなに謙遜しなくてもいいわよ。……っていうか、心の中で思ってることに対して返事するの……辞めてもらえないかしら……?」

「……すみません」


 気を取り直して、続きの質問をする。


「で。あなたの拾った赤い石って…………」

「……ええ。先輩の想像どおり、たぶん『パンドラの瞳』です」

「なぜ……その石がパンドラの瞳だと……?」

「その石に触れた途端、他人の心の声が流れ込んできたからですよ」

「……なるほど。あなたが『心の声が聞こえる』って言っていたのは、パンドラの瞳を手にしたから──ってことだったのね。確かに形状的にはパンドラの瞳そのものだし、触れたことで他人の心の声が聞こえるようになるなんて非常識なことが起きたのなら、そう考えるのが自然……というか、もう疑いようがないわね」


 すると山尾さんは、私が手にしていたUSBを指さしながら言った。

「はい。ですが、わたしが確信に至った一番の理由は、その修復したデータを見たからなんですよ」

「このデータ? たしか『ユゲートカとパンドラの瞳』の真相……って言ってたわね。……どんな内容なの?」


 山尾さんは少し間をおいてから、ゆっくりとした口調で答え始めた。

「パンドラの瞳に対する研究論文と、それを書いた研究者からのメッセージでした」


 山尾さんの話では、その研究者が生きていたのが遥か遠い昔の話で、その時代から地上にはすでにパンドラの瞳が存在していたというのだ。

 その論文においても『パンドラの瞳とは、まるで宝石のような赤く光る不思議な石の名称であり、本人の意志とは関係なしに突如として必要とする者の前に出現するアイテムのことである』と記載されていたらしい。


 出現条件についての詳しい記載はなかったそうだが、その研究者の憶測による条件がいくつか論文に示されていたという。

 その中でも山尾さんが特に注目したという条件──

 それが『大きな人生の分岐点に立っており、かつ誰かの助けを必要としている者の前に出現する可能性』という条件だそうだ。


 またその論文によると、パンドラの瞳に触れた者には基本的に周囲の人間たちが心に抱えているマイナス感情だけが流れ込んでくるが、その中に紛れてたったひとりだけプラスの感情を発生させている者が必ず存在するというのだ。

 その者こそが石に触れた人間を幸せに導いてくれる鍵となるだろう──と書かれていたという。


「わたし……。石に触れてから、周りの人間がみんな悪魔に見えて…………」

 山尾さんは涙を流しながら訴える。

「でも……先輩だけが、うちの会社の犠牲になった人たちに罪悪感を感じていて……わたしのことも心配してくれていたんです。だからわたし、幸せに導いてくれるのが先輩なんだって勝手に思い込んで…………ごめんなさい」


 そういうことか。

 それにしても、なぜ私なのだろうか。

 山尾さんの両親とか……もっと他に相応しい人間はいるはずなのに。


 そんなことを考えていると、また山尾さんは私の思考に対して言葉を返してきた。

「わたし……両親はいないんです。わたしが幼い頃に母が夜逃げして、父は……去年病気で亡くなっちゃいました。友達とかも……本当に心を許しているような親友は……」


 私と同じ────

 そうか。山尾さんも、私といっしょだったんだ。


 私は『心の声に返事する行為』に対して、またツッコミを入れようと思ったが辞めた。どうせ考えていることが筒抜けなのだから、いちいちツッコんでも意味はない。


 それしても──

 だからといって、なんで〝山尾さんに対してのひとり〟が私なのかわからない。

 お互いに『パンドラの瞳とユゲートカ』の物語に疑問を持っていた者同士だし、彼女が私と接触すること自体に何か意味があるのだろうか。


 たとえば未来──運命、とか。

 なにか見えない力が、彼女を私のもとに引き寄せたとも思える。


 実際に私のほうも彼女が教えてくれなければ、もしかしたら会社にすべての罪を押しつけられて、社会から抹消されていたかもしれない。

 すべてにおいて真相は定かではないが、ここは私も素直に感謝しておこう。


 私がそんなことを考えていると、山尾さんがひとりブツブツと言葉を口にし始めた。

「ユゲートカ……。神話に登場する神様の名前──」


 そして彼女は続けざまに、私に奇妙な質問をしてきたのだ。

「先輩は……ユゲートカを空想上の存在か何かだと思っていますか?」

「え? どういうこと?」


 これで何度目だろうか。また私の心臓が大きく鼓動する。

 そして山尾さんの口から語られた事実は、またしても衝撃的だった。


は……おそらく人間です」

「彼女……?」

「ユゲートカは……太古に存在していた実在する人物。名前は────」



 山尾さんは、まっすぐ私の瞳を見つめながら、その名を口にした。







「────弓削ゆげ冬華とうか

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