第三話「告白」

 私の言葉を聞いたあと、山尾さんは少しだけはにかんでから、意味深なことを口にした。


「先輩にも、あるじゃないですか──感情」

「……え?」


 なぜ山尾さんが突然このようなことを言ったのか。この時の私はまだ理解していなかった。そして次に山尾さんが発した言葉が、私を強く動揺させたのだ。


「大丈夫ですよ。ロボットなんかじゃないです。先輩の心は──まだ壊れてません」


 気づいたら私はキツネにつままれたような表情で、山尾さんのことを凝視していた。山尾さんは目を逸らして恥ずかしそうにしている。


 私は──

 さっき確かに自分のことを『感情のないロボット』だとか『心はもうとっくに壊れている』と頭の中で考えた。しかし、それを口に出して彼女に伝えた覚えはない。


 なぜ彼女の口から、それらに関係する言葉が出てくるのか。


 偶然か──

 あるいは彼女に、何か私の知らない特別な能力ちからでもあるのだろうか。



 つい私は警戒心をむき出しにして、黙り込んでしまった。

 すると山尾さんは困った顔になって、慌てて私に語りかけてきた。


「そ、そんなに警戒しないでください……! わたし……先輩には嫌われたくないです……」


(……私に嫌われたくない?)


 予想外の反応だ。

 私と山尾さんの関係は会社の同僚というだけで、ほとんど話もしたことなかったし、彼女が入社してまだ一年程度しか経過していないのだ。嫌われたくないと言われるほど、親しくしていた覚えはない。


 だが──

 嘘をついているようにも見えない。


 彼女の相談に乗るつもりで会いに来たのだが、私のほうは山尾さんに対する謎が増えるばかりである。


(もやもやする。ちょっと鎌でもかけてみるか)


 私は少しだけ遠回しに彼女に訊ねてみた。


「──ねえ。さっきの言葉の意味。私に感情があるだとか、心は壊れていないだとか。なんで突然そんな言葉が出てきたの? あなたと私の間に、そんな話題あったかしら?」

「あっ……」



(なに────今の違和感? 何かがおかしい)


 私が重要な言葉を口するまえに、すでに彼女の顔が動揺した表情に変わっていた。



(心を読まれた……? いや……そんなはずは────)



 私が山尾さんのことを警戒して思考を巡らせていると、どういうわけか突然彼女は身体を震わせ始めて、ついには泣きだしてしまった。


(……私、そんなに怖い顔していたかしら?)


 こんな臆病そうな子に対して、いったい私は何を警戒しているのだろうか。

 今の私がしなければならないのは、彼女の心を救うことであって怯えさせることではないはずだ。

 私がそう思い直したとき、彼女から思いもよらぬ言葉が飛びだした。


「わ……わたし……! ごめんなさい……。先輩に隠し事していました……」

「……隠し事?」


 怪訝そうな顔をした私の前で、うつむいたまま話を続ける彼女。

「先輩も……今日わたしの相談に乗るついでに、わたしに聞いてみようと思っていたこと……あるんじゃないですか?」

「…………え?」


 私が山尾さんに聞いてみようと思っていたこと──

 確かにあるにはあったのだが……なんだ────この不自然な会話。


 これでは、まるで予言だ。私の心の中を知らなければ絶対にありえない台詞である。疑いたくはないが────


「……ねえ。まさかとは思うけど……私に盗聴器的なモノ仕掛けてないでしょうね……?」

「そ……それはないです!」


 手をバタバタと横に振りながら、全力で否定する山尾さん。

 まあ当然といえば当然か。盗聴器のようなものでは、さっきの現象についての説明がつかない。思考を覗くことなど不可能──

 そう私は結論付けようとした。



 だが次に彼女が口にした台詞が、私の心を強く動揺させたのだ。



「私────先輩の心が……見えてるんです」



 一瞬、私の思考が停止する。


「……は?」

「ごめんなさい……。言うと会ってくれないと思ったから……」

「いや……ど、どういうこと……?」

「私……今も、先輩の心の声が聞こえています。考えていることだけじゃなくて、感情とかも……うまく言えませんけど、先輩の心の中にあるすべてが流れ込んでくるんです」


 私は放心状態で、彼女の言葉を聞いている。


「いえ。先輩だけじゃないです。私……今、周りにいる人たちの心の声も聞こえています……」

「嘘でしょ……?」

「……嘘じゃないです。だから先輩が『わたしの相談に乗るついでに〈ユゲートカとパンドラの瞳〉について尋ねてみようと思っていたこと』を知っています……」


 私の心臓が口から飛び出そうになる。

 ふざけているだけの可能性も考えたが、それなら『私が〈ユゲートカとパンドラの瞳〉について尋ねてみようと思っていたこと』を、ここまで的確に言い当てられるわけがないのだ。


 下手なことを考えたら、彼女に筒抜けになりそうで怖い。

 そして────そう考えていることすらも、すべて彼女にバレているのだ。


 私の全身から、ありえないほど汗が噴き出している。

 すると、なぜか彼女のほうが怯えたような顔になって、私に語りかけてきた。


「あ、あの……! わたし……もし先輩が心の中で、わたしの存在を拒絶したとしても……心が覗かれていることを知ってしまった今なら仕方ないと思っていますから……。その……今は……逃げないでください」


 そうは言うが、もし彼女の話が事実ならこの状況はかなりヘビーである。

 だが──

 同時に、非現実的な能力を持った彼女という存在に興味が湧いていることも事実だった。


「……逃げたりはしないけど、もし私が変なこと想像しちゃってもスルーしてよね」

「も、もちろん……そのつもりです……」


 何とも言えない気まずい空気があたりを包んだあと、しばらくして彼女が口にした言葉が、またしても私を驚かせた。


「……今日。わたしが仕事を辞めたいって理由で、先輩に相談をもちかけたのは半分事実ですが、本当は先輩も辞めるように説得するつもりで呼びました……」

「……え?」

「そして……先輩が気になっている『ユゲートカとパンドラの瞳』の秘密……わたし知ってますよ」

「な……なんですって⁉」


 次々と彼女の口から語られる衝撃の告白に、私の思考が追いつかない。


「なんか……聞きたいことが、たくさん出来ちゃったんだけど……」

「……ですよね」

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