真・パンドラの瞳 -永久不滅のルネサンス-
第一話「欠落」
古びた四畳半の部屋。そのまんなかには、レトロ感満載な木の丸テーブルが置かれている。そのテーブルの前に着席して、ひとり黙々とご飯を食べている私。
部屋の片隅に置かれたブラウン管テレビ型の小さな液晶モニターの中で、人気のお笑いトリオが漫才を繰り広げていた。
私はテレビを観ながら、無表情でご飯を口に放り込んでいる。
お笑い。
漫才。
みんなはこれを観て笑えているのだろうか?
「……笑うって────どうやるんだっけ?」
私はぽつりと独り言を呟いてから、再びご飯を口へと運ぶ作業へと戻った。
私は最先端のテクノロジーによって生み出された高度な文明社会の中を生きている。だが同時に、自分が生きていなかった過去の古き時代に囚われている。
若かりし頃の母が生きていた時代。
まだ私が生まれてすらいなかった時代。
もう今ではレトロと呼ばれるようになってしまった時代に、確かに母は生きていたのだ。
今の時代、私だけではない。思ったよりも多くの人々が、過去の不便だった時代背景に魅力を感じ、憧れて、当時の真似事のような生き方をしている。
いわゆるレトロブームの到来──。その真っ只中に私もいる。
ブラウン管テレビ型の液晶モニターも、単純にレトロブームによる需要が高まった結果の商品だ。私はとても気に入っている。
所詮は今どきの綺麗な液晶画面だが、それでもテレビのデザイン、画面の形状など、当時を彷彿とさせるアイテムとして、レトロマニアたちの間では相応の人気を博していた。
レトロ感を好む理由は人それぞれだが、私は母が生きていた時代を生きてみたかったのかもしれない。
私の両親は、まだ私が幼なかった頃に離婚をした。
そして私は母に引き取られ、母の旧姓である
幸村
それが私の名前。
そして母は離婚してから間もなく、交通事故で他界してしまった。そのあと私は母方の祖父母の家に引き取られた。
だが気難しかった私の性格が災いしてか、私に対する祖父母の態度は日増しに悪化していった。いつも私が不機嫌そうな顔をしていたことも、祖父母は気に入らなかったようだ。よく世間で言われているような、あからさまな虐待的仕打ちを受けていたわけではなかったが、精神的な嫌がらせなど理不尽な扱いをされることは多々あった。
だから私は高校を卒業すると、すぐに適当な仕事を見つけて、祖父母から逃げるように家を出たのだ。
近年、急激にAIが進化、普及し始めたことで、かつて人間がやっていたような仕事は限りなく少なくなってしまった。だが人間が就ける仕事自体は、形を変えながら地上にもまだそれなりに存在している。
しかし私は、そこに何か嫌悪感のようなものを感じていた。
それは仕事における存在と価値である。
何のためにしている仕事なのか。誰のためにしている仕事なのか。やる意味はあるのか。やる価値はあるのか。
今地上に存在している仕事に対して、そういった疑問が常に私の頭の中をぐるぐると巡っていた。
それでもやるしかないと分かっていたので、深く追及はしなかった。
なぜならば生活するためにはお金が必要で、仕事をしなければお金がもらえないという構造が、ある種の常識として私の中にも当たり前のように根付いていたからである。だから働き続ける。少なくともその頃の私は、そう思って疑わなかったのだ。
そうして就職が決まった私が手に入れた自分だけの住処。居場所。
私の住んでいるこの古びたアパートも、レトロブームに乗っかったビジネスの一環として誕生した産物だ。レトロ好きの私としては、家賃以上の価値を感じている。
ちなみに私が手に入れた仕事というのは、表向きでは人助けを掲げているが、その本性は詐欺という、もっともタチの悪い仕事である。近年ロクな仕事がないと言われているなか、まさか詐欺を正当化しているようなレベルの悪徳企業とまでは思っていなかった。
ただ──
今の時代、私のような落ちこぼれが手に入れることのできる仕事というのは限られていて、ひとりで生きていくために今も働き続けている。
どうせなら私だって自分の才能を伸ばし、何かの役に立つ仕事がしたい。だが、そんな経験を身につけている時間も、余裕も、コネも、名声も私にはなかった。
社会が待ってくれないのだ。生きていくために明日にでも仕事を見つけてお金を稼げと、世界が私を煽ってくる。
だから社会にとって、どんなに意味のない仕事だろうと、無駄な仕事だろうと、悪質な仕事だろうと、私はやるしかない。
私だって生きたいのだ。
ちゃんと電気水道のついた家に住んで、ごはんを食べる。今の私がそれを手に入れるためには、誰かを陥れるような仕事でもするしかない。やらなければ私が生きていけなくなってしまう。
この頃の私は目の前にある世界のルールが、絶対不変のものだと信じて疑わなかった。それが神によって与えられたルールではないにも関わらず──。
ご飯を食べ終わって食器を洗っていると、お笑い番組が終了してシーエムが流れ始める。そして、すぐに次の番組が始まった。
とある神話をモチーフとした人気ドラマだ。
そのドラマのタイトルは『パンドラの瞳』。
それは私たちの世界に伝わる神話の中に登場するアイテムの名だ。絶望と希望を同時にもたらすとされている神の宝石の名称である。
私が知っている神話では、その宝石──パンドラの瞳は、物語に登場する『ユゲートカ』という名の邪神によって破壊されてしまう。
ユゲートカはパンドラの瞳を手に入れることで絶望を知ったが、同時に手に余るほどの希望を手に入れた。
そして罪深いユゲートカは、さまざまな方法を使ってパンドラの瞳を自分だけのモノにしようと試みたが、その
この破壊行為に激怒した神々の王は、ユゲートカの身に未来永劫の苦しみが訪れるように祈り、永遠の呪いを与えて地獄へと突き堕とした──
なんとも後味の悪い話だが、これが世間的に有名な神話の中に登場する『ユゲートカとパンドラの瞳』というタイトルで知られる、ひとつの物語の
そして私は、この神話に対しても違和感を感じていた。
このパンドラの瞳を巡って繰り広げられるユゲートカの悲劇。その物語自体は何の変哲もないように感じるのだが、神話の中に存在するひとつの物語として考えたとき、どこかが不自然なのである。
どこがおかしいのかと問われても答えられないのだが、どこかに違和感を感じるのだ。あるいは物語に整合性がとれていないような錯覚とも言うべきか──。
「パンドラの瞳……か」
誰もいない部屋。私は小声でひとりごとを口にした。
食器を片づけ終わってから、私は身支度を整えて出かける準備をする。
今日は休日だが、今から会社の同僚と会う約束をしているのだ。
私は会社も含めて、他人と距離をおいて生きてきた。だからその同僚とも、特に仲がいいというわけではない。ただ仕事のことで相談に乗って欲しいと頼まれたから会うまでである。
なかなか話せる相手がいないなかで、人との接点が少ない私という人間は何かと都合がいいのだろう。
場所は近所の小さな喫茶店。私も何度かひとりで行ったことはある。こじんまりとしているが、オシャレで綺麗なお店だと思う。
「待ち合わせまで、あと八分……。そろそろ出なきゃ」
私はテレビと電気を消して、戸締りを確認してから住んでいるアパートをあとにした。
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