第三話「反抗」

 朝になって目を覚ます。

 わたしはスマホを見て、あのあと何回も不在着信があったことを知る。発信元は、すべて栞里しおり

 夜中の一時くらいまで、ひっきりなしにかかってきていた。


「栞里が悪いんだ……」


 そう呟きながら、わたしはメールボックスを開く。電話のほかに、栞里からメールが一件だけ届いていたからだ。

『メールと電話、気づかなくてごめんね。何度か電話してみたけど、あまり遅くなると悪いから明日また連絡するね』


 わたしはふてくされたような表情でスマホをテーブルの上に置いてから、歯磨きをするために洗面台へと向かう。

 歯磨きと朝食を済ませてから部屋に戻ると、スマホの通知ランプが点灯していた。


 栞里からのメールだ。

『昨日はごめんね。今日の夜電話するからゆっくりお話ししよ? それじゃまたね』


 今日の夜、栞里から電話がかかってくる。仲直りできるチャンスだ。

 そう思うと少しうれしくなった。


 元はといえば、わたしのわがままが原因なのだ。

 ちゃんと謝ろう。

 そう決心して、夜を待ちわびた。


 夜になるのが待ち遠しかったわたしはソワソワする気持ちを紛らわすため、お昼のごはんを家で食べてから気分転換にショッピングモールへとひとり車椅子を走らせた。

 ひとりで車椅子を操作して外へ出かけるのは久しぶりだ。少しだけ気持ちが高鳴った。

 その半面、なぜか栞里がいたときと比べて人目が気になる。ひとりでいるのが心細いと感じる。

 そんなことを考えながら車椅子を走らせていると、いつの間にかショッピングモールへ到着していた。


 いつも栞里とふたりで訪れていたショッピングモール。

 たどり着いたころには、もう慣れて人目も気にならなくなっていた。

 たまにはひとり、自分のペースで見てまわるのも悪くはない。


 まるで冒険者にでもなったかのような気分で、ひとり気の向くままにモール内を車椅子で移動してまわる。

 アイスを買って食べ、洋服を見てまわり、映画館に入って、雑貨屋を覗く。花屋にも入ってみる。

 初めてのひとり。思っていたより、わたしはひとりを満喫できていたと思う。


 すっかり気分がよくなったわたしは、最後に大好きな本を眺めてから帰ろうと思い、本屋に車椅子を向けたその時だった。

 わたしの心臓が何者かに鷲掴みされたのではないかと思うくらい縮こまったのがわかった。


「な、なんでいるの……?」


 本屋に入っていく人影────

 それは栞里だった。


 それよりも、わたしの動揺を誘ったのは、栞里と一緒にいた大勢のクラスメートたちの存在だ。

 栞里がわたし以外の友達と楽しそうに笑いながら本屋に入っていく。


 その光景を呆然とした表情で見ていたわたしの視線を感じたのか、次の瞬間、栞里の瞳にはわたしの姿が映しだされていた。

 わたしの存在に気づいた栞里は気まずそうな表情を浮かべると、一緒にいたクラスメートたちに「先に入って見ていて」と慌てて告げてから、わたしのもとへ小走りでやってきた。


「な、なんで寿々すずがこんなところにいるのよ……?」


 それはこっちの台詞だ。どうして栞里が、こんな時間にショッピングモールをうろついているのか?

 それも、わたし以外の人間と。あんなに楽しそうに────。


「ね……寿々。この前は、ごめ────」

「うぅーッ!」


 思わずわたしは言葉にならない奇声をあげながら、差し伸べられた栞里の手を全力で振り払った。

 それでも栞里は、わたしを心配するように語りかけてくる。


「す、寿々……。私……」

「うーッ!」


 恐るおそるわたしの肩に触れようとした栞里の手を、はたくようにして思いっきり払いのける。

 強く腕を振った勢いで、わたしはバランスを崩して車椅子ごとその場に転倒した。

 わたしが肩にかけていたショルダーバッグが地面に投げ出されて、その中身がそこらじゅうに散らばる。財布やハンカチ、さらには買ったお菓子や装飾品まで。


 周りにいた人たちの視線が、一気にわたしに集中したのがわかった。

 わたしは地面を這いずり回りながら、散乱したものを拾い集めている。

 だが見ず知らずの人たちは誰も手伝ってくれない。

 その時、栞里だけが拾おうとしてくれたのに、わたしはその栞里の手をひっかいてしまった。


「……痛っ!?」


 わたしは、それでも栞里を無視してひとりで拾い集めた。

 ひとり黙々と拾い続けるわたしを、泣きそうな顔で見つめている栞里。

 少しだけ沈黙したあと、栞里が口を開いた。


「な、なによ……。寿々の馬鹿…………!」


 わたしは無言で車椅子を起こして、ぐちゃぐちゃになった買い物袋や財布などをショルダーバッグに詰め込むと、自力で車椅子に乗り込んだ。

 車椅子に座って、初めて車椅子がぐらついていることに気づく。よく見ると左側の駆動輪が少し曲がってしまっていた。転倒したときの衝撃によるものだろう。左足のフットサポートも折れ曲がってしまっている。


 わたしは不機嫌そうな顔をすると、黙ったまま栞里に背を向け、ハンドリムを操作して車椅子を走らせた。

 しばらく進んでから、ひびが入ったバックミラーでそっと背後を確認する。

 まだ同じ場所で、わたしを見送るように立ち尽くしている栞里の姿が、わたしの心に爪痕を残した。


 バックミラーごしに小さくなっていく栞里。

 わたしは複雑な気持ちを抱きながら、ひとりショッピングモールをあとにした。

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