第二話「疑念」
朝起きて、
『昨日はメール気づかなくてごめんね』
返信しようとするわたしの指が震えていることに気づく。
なんて返せばいいのだろう。わたしは返す言葉がわからなくなっていた。
不在着信のことには触れられていない。
きっとメールに返事がなかったから電話しただけなのだと気づいたのだろう。
それでも電話を返さなかった理由くらい書いてくれても良かったのではないかと少し不満になる。
『昨日は誰と電話していたの?』
そう聞こうと思って途中まで書いたが、全部消して『いいよ別に』とだけ返した。
受け取り方によって印象が変わる言葉。
多分────
わたしは嫉妬していたのだ。栞里が電話をしていた相手に。そのささやかな抵抗。
そのメールに対して、栞里から返事はなかった。
今日は月曜日。学校がある日。
だから栞里は学校に行っている。
わたしは学校に行っていないので、家で待機。
ひとり、部屋で小説や漫画を読んで過ごす。
だが集中できない。
(栞里のせいだ……)
自分勝手な主張で栞里に八つ当たりしていることには気づいていたが、だからといって苛立ちが収まるわけではない。
わたしは彼女を怒りのはけ口にすることを、辞めようとは思わなかった。
しばらくして栞里から一通のメールが届いた。
『
わたしは戸惑った。心の内側にある感情を当てられたからかもしれない。
さっき自分で『そう思われても仕方がないメール』を送っておきながら、気づかれたら気づかれたで慌てる自分がみっともないと感じる。
だが、それでも素直に言葉を返す気にはなれなかった。
『別に』
わたしは、そう返してしまった。
わたしだって、そこまで馬鹿ではない。栞里がこの返信を見たら、あきらかにわたしが怒っているのだと感じることくらい分っている。
それなのに、わざわざこうやって遠回しにしか意思表示できないわたしは、きっと他人にとって面倒くさい人間なのだろう。
しばらくすると栞里から電話がかかってきたが無視をした。
栞里もわたしと同じ思いをすればいいのだと、わたしの中の悪魔がそう
それからも何度か断続的に電話はかかってきたが、徹底的に無視を決めこんだ。
すると夕方くらいになって栞里から一通のメールが届いた。
『ごめんね』
胸のあたりがちくりと痛んだが、わたしのせいではないと必死に思いこむ。
その後、夕方くらいに栞里が直接わたしの家を訪ねて来たが、母に頼んで追い返してもらった。
今日は楽しくなかったが、それでもわたしの生活は続いていく。
いつものようにお風呂に入り、夕食を食べて、歯磨きをし、自分の部屋に戻る。
気分転換に小説を読もうとするが、頭に入ってこない。
それだったらと映画を流すが、やはり頭に入ってこない。
もはやラジオ代わりと化した映画の音声をBGMに、布団で横になりながらスマホを弄る。
頭の中をからっぽにしてネットを観覧したり、動画を眺めたりしていた。
まったく有意義ではない時間が過ぎていく。
それから二時間ほどが経過した頃だった。
わたしがぼうっとスマホの画面を眺めていると、また栞里から電話がかかってきた。
突然の着信に驚くわたし。
時計を見ると、その針は夜の九時を指していた。いつも栞里と電話していた時刻より少しだけ早い。
一瞬、電話に出ようと思ったものの、結局は思いとどまって無視に徹した。
しばらく鳴っていた着信音が止むと、静寂とともに虚しさだけがわたしの心に襲いかかってきた。
「何やってるんだろう、わたし……」
夜の十一時。わたしは、さっき栞里からかかってきた電話に出なかったことをひどく後悔して、震える指で栞里に電話をかけなおしてみた。
仲直りしよう。そう思ったのに────
あろうことか、また栞里の電話は通話中だったのだ。
「なによ……。いったい誰と話をしているのよ……?」
わたしの心が、黒いもやもやに支配されていくのがわかった。
もう栞里は、わたしと仲直りするチャンスを失ったのだ。
そう思いこむことで、わたしは自分のことを正当化しようとした。
「栞里の電話になんか、もう出てやるものか」
わたしはスマホを消音モードにして、そのままベッドに横たわった。
枕が濡れているのを感じたが、そんなことはお構いなしに布団をかぶって目を閉じる。
そしてわたしは、そのまま死んだように眠りについた。
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