第5話

「んんん〜……?ねぇねぇ、イーリア。ここ、何か歪んでない?」

「え?……むむ。確かにほんの少しですが、歪んでますね……。しかも、奥から空気が流れてきてます……」


 エリーが何かみつけたらしく、イーリアとぶつぶつ話し合っている。

 特に割り振った訳ではないが、エリーとイーリアは率先して魔王城の手入れのされていない裏側などを見に行ってくれていた。

 魔王城周辺で“ばぐ”の抜け穴が見つかれば、そこから抜け出て本来の“ばぐ”のない世界へ行くことが出来るはずだ。


「おーい!何かあったのか?」


 比較的拓けた魔王城正面あたりを探していた俺は二人に駆け寄りながら声をかける。

 俺の後ろから遠慮がちにオゥルもついてくる。


「あ、アンワ。あのね、ここに少しだけど、歪みがあるのよ」

「そして、他の“ばぐ”と違って歪みの向こうからかすかに空気が流れてくるので、もしかしたら“ばぐ”の抜け穴かも知れません!」

「何だと!?」


 抜け穴なら早速くぐりたいところだが、どこからくぐれば良いのか……?抜け穴らしい穴がない。

 そもそも、これは本当に“ばぐ”の抜け穴なのか?


「なぁ、イーリア。これ、どっから入れば良いんだ?」

「えっと、小さいのですがここに穴があって、ここから風がくるので、向こうに繋がってると思います!」


 イーリアのいう穴はとても小さく、俺たちが簡単に入れるような穴ではなかった。

 試しに指を突っ込んでみると、穴が指の太さの分だけ大きくなった。ちっとキツイが。

 これは俺たちが入れるくらいの大きさになるまで、段々と穴を大きくするしかなさそうだ。


 俺たちは、拳や持ち物のバッグなど色々なものを使って穴を大きく広げていった。

 30分くらいあれこれ試しただろうか。

 まずはイーリアが通れそうな大きさまで穴が広がった。


「先に行け、イーリア。俺たちに何かあればお前だけでも無事に向こうの世界へ……」

「では、お言葉に甘えてイーリアが先に行きます!あの、“ばぐ”の狭間にだけは気をつけてください!狭間に入ってしまうと、向こうにもこちらにも戻ってこられなくなります!」


 それを聞いてオゥルが驚いた顔をする。


「ぼ、僕いやですぅ!イーリアと一緒に行きたいですー!」


 狭間に取り残されたくないですー!と一人メソメソと泣き始める。

 それを見て、俺は大きくため息を吐くと頭を抱える。


「すまん、イーリア……。オゥル!てめぇはいつもグズってんじゃねぇ!もうてめぇが先に行け!」

「えっ!いや!やです!怖いいぃぃ!」


 泣き叫ぶオゥルを穴に無理やり押し込む。オゥルも両手両足を踏ん張り抵抗するが、力では俺のほうが強い。踏ん張る手足を引っ剥がし、思いっきりケツを蹴って穴へと放り込んだ。


「いやああぁぁぁぁ……!」


 オゥルは体の三分の一ほど穴に入ったかと思うと自然と穴の向こう側に吸い込まれていった。


「……」

「……」

「……」


 残った俺たちは少しの間だけ、オゥルを無理に穴に押し込んだことを反省した。

 しかし、それでオゥルが戻ってくるわけではないので切り替えて今後のことを話し合った。

 イーリアも“ばぐ”の抜け穴に入って狭間にはさまれず、別の世界に行けたあとがどうなるのかまでは知らなかった。


 しばらく、抜け穴の前にいたが、オゥルを飲み込んだ穴は特に変化がなかったので試しに俺たちも入ることにした。


「穴の向こうがどうなっているかわからないが、向こうでも俺たちは合流して力を合わせていくことだけは決めておこう」

「そうね。このまま、皆で同じ場所に抜けられればいいけど、どうなるかわからないものね」

「もしも、バラバラになっても魔王城のココで落ち合えるようにしましょうか」


 俺たちは、向こうに抜けても合流することを約束し、俺、イーリア、エリーの順番で穴に入ることにした。

 イーリアが「また会えるおまじないです」と木製の小さなアクセサリーのようなものを渡してくれた。


 俺は二人が入りやすいように穴を広げるようにして穴に入っていった。

 穴の中はなぜか明るく、俺はひたすらまっすぐ前に進んだ。

 どれくらい歩いたか、5分くらいだったかもしれないし、30分以上だったかもしれない。

 明るかった周りが突然暗くなり、目がその明暗に追いつかずぎゅっと目をつぶってしまった。


 次に目を開けると周りには木でできた棚があり、自分はというとベッドに横になっていた。


「……ここは……」


 起き上がって周りをよく見ていると、ドアがバタン!と勢いよく開いた。


「アンワ!やっと起きたのかい?もう昼だよ、さっさと起きてちょうだい!」

「……ん?母ちゃん……?」

「何だい、まだ寝ぼけてるのかい?魔王を退治してこの村を有名にしてくれるんだろ?早く起きて支度しな!」

「え、待って母ちゃん……俺、魔王倒してきたよ?」

「何だい、まだ寝てるようだね!魔王倒すって言ってから、まだ旅立ってもないだろう?さ、早く支度をし」


 母ちゃんは俺をベッドから引っ張り出すと、背中をバシンと叩いて部屋を出ていった。


 今までのは夢だったのか?

 だとしたら、すごい夢だったな。


 そんなことを考えながら着替えていると、ズボンのポケットからコトンと音を立てて何かが落ちた。


「?」


 床に落ちたものを見て、俺の魔王退治は決して夢ではないと確信した。

 無事に“ばぐ”の抜け穴を抜けて違う世界にきたようだけど、エンディングは迎えていないようだ。

 ここが“ばぐ”のない世界なのかどうかはわからない。

 しかし、俺は村を有名する目的があるし、皆と落ち合う約束もした。

 皆が同じように抜け穴を抜けられたのかはわからないが、俺を待っているかもしれない。


 早く出発しなくちゃ!


 俺はさっさと身支度を整えると、母ちゃんに簡単な挨拶だけして再び魔王城へ向かう。

 あ、オゥルには悪いことをしたかな……途中で会えたら拾っていこう。


 離ればなれになった仲間たちと合流し、今度こそちゃんとエンディングを迎えるために俺は村を飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王を倒したのにエンディングになりません! たい焼き。 @natsu8u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ