第6話 それが彼の殺し方
ガードマンが運転する車で海沿いの道路に到着すると、アリサはガードマンに「あなたはまってて」と言い残して車を降りた。
待ち合わせの場所には、ミハルがバイクに腰掛けていた。
「お待たせ」
「僕もいまきたところですよ……なんて、なんだかむず痒いやり取りですね」
「ふふ、そうね……」
アリサは落下防止柵にもたれかかり、潮風にゆられた髪をかきあげる。
柵の向こうは断崖絶壁。崖に打ち付けられた荒波が、飛沫となって二人の元まで舞い上がる。
「ね、どうしてこんな時間に会おうなんていったの?」
「君の顔が見たかったから、なんて理由じゃダメかな?」
「絶対、嘘」
そういってミハルに背を向けるアリサ。
ミハルは彼女の無防備な背中に近づき、そして手を伸ばすと――――。
「きゃっ⁉」
優しく彼女の肩を抱いた。
「嘘じゃ……ないよ」
耳元で囁くミハル。
アリサの心臓は急激に加速していく。
「あ、ななな、なによ急に」
かつてない距離の近さに狼狽えるアリサ。
ミハルから伝わってくる体温。
鼓膜をくすぐる声。
脳内麻薬の蛇口が全開になってしまいそうな甘い香り。
そのすべてが彼女の心も頭もかき乱していく。
「ずっと、こうすることを夢見てた」
「え?」
「君と出会ったときから、ずっと」
ミハルはアリサの肩を掴んで、正面に向き直らせる。
「アリサ……」
ミハルの漆黒の瞳は水滴を垂らしたガラス玉のようにきらめいている。
「はぁ……はぁ……み、ミハル……」
アリサもまた勝手にこみあげてくる涙で紺碧の瞳をうるませていた。
胸が苦しくて、ろっ骨を突き破ってしまいそうな心臓を両手で必死に抑え込んだ。
「君が――――好きだ」
ミハルの唇が迫り、アリサは抵抗することなく受け入れた。
柔らかい感触が全身の神経細胞を活性化させ、彼女の脳は極度の興奮状態になる。
脳はとめどなく脳内麻薬を放出し、やがてそれは――――彼女の許容量を超えた。
「うっ……!」
アリサは心臓を押さえて力なくミハルの方に寄りかかる。
「アリサ?」
「胸……が……苦し……かはっ……!」
「アリサ! おいガードマン! 早く来てくれ! アリサが……アリサが!」
ミハルが怒鳴り、車からガードマンが降りてきた。
しかしアリサの心臓はすでに停止している。
もはや手の施しようがないのは明白だった。
「アリサ! アリサ! ダメだ、戻ってこい! アリサぁ!」
「……ああ……お嬢様は……おそらく心臓発作だ……ああ……追って連絡する……」
必死に心臓マッサージをするミハル。
けれど、彼女が目を開くことは二度となかった。
「もうよせ……手遅れだ……」
ガードマンに腕を掴まれるも、ミハルはその手を振り払いアリサを抱きしめた。
「うぅ……なぜだ、なぜ彼女が! うわあああああああ!」
アリサの頭を抱きしめて泣き叫ぶミハル。
ガードマンも、彼の悲しみに同情し目頭を押さえた。
「アリサ……君は……僕の全てだった……」
無論、嘘である。
全てはミハルの計画通り。
彼女に近づきいくどとなく殺せる状況になりながらもただひたすら彼女との関係を深めることに時間を費やしてきたのはいまこの時のためだったのだ。
ミハルには特異な能力がある。
能力、というよりも、体質だ。
彼は……異様なまでにモテる。
生まれたその日に看護師を魅了し、そのまま連れ去られた過去を持つ彼の秘密は、彼が放つ特殊なフェロモンにある。
そのフェロモンは男女問わず脳の中枢に作用し極度の興奮状態を引き起こす。
その際に放出される大量の脳内麻薬によって、彼は人を死に至らしめるのである。
これが業界最高峰の殺し屋の殺し方。
彼は銃も刃物も使わず、
もちろん毒物や精神攻撃でもなく、
あいてを、「キュン死に」させるのだ――――。
ミハルにキュン死にさせられたアリサはその後の司法解剖で正式に心臓発作と断定された。
多量のアルコールが検出されたことから、死因は酒の過剰摂取による心臓発作と断定された。
ほどなくしてミハルは街から姿を消した。
彼は次の獲物がいる街へと旅立ったのだ。
彼は万の言葉で愛を語り、億の仕草で人を魅了する。
それでも彼が永久の愛を誓うことはない。
愛しあえば、その人は死んでしまうから。
それでも愛されたい愛したいと願う彼は、永遠の孤独の中で花火よりも儚い一瞬の愛を求める。
業界最高峰の、殺し屋として――――。
殺し屋ミハル 超新星 小石 @koishi10987784
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