二次会は当店で!

「この前はよくもやってくれたよな……」

 オレの話なんぞ聞いちゃいない。ジャラジャラドラゴニュート、マクーは怒りからか目蓋をピクピクさせてオレに詰め寄ってきた。

「テメェのおかげで姉ちゃんにオレは散々振り回されたんだよ! どう責任取ってくれんだ、ああ!?」

 知るか。てか、それはお前が自分の責任を取る代わりにやる羽目になったことだろうが――と、口に出して言うことすら面倒くさく、オレは溜め息を吐いてマクーを睨んだ。途端、マクーの動きが止まる。ビビり野郎が。

「これ以上引き留めんじゃねぇよ、失せろ。営業妨害だぞ」

 こいつのシワの少なそうな脳ミソに『営業妨害』なんて言葉があるとは思えないが、ともかくこっちの威圧感は伝わっているらしい。うう、とかマクーは唸っていた。よしよし、このまま引き下がってくれよ――と思った矢先。

「おいおい群青のお坊ちゃん! あんた、まーた尻尾巻いて逃げる気か!?」

 ……誰だ、馬鹿なこと言いやがった馬鹿は!?

「ば、馬鹿にしやがって……オレのことをコケにしやがって! テメェ、焼いてやらぁ!」

 馬鹿野郎は怒声を張って、吐き出した分の息を思い切り吸い込んだ。翼を羽ばたかせたその瞬間、オレが浮いていたとこを炎が焼いた。ふざけやがって。こっちは半分ぐらい生焼けレアで注文取ってんだ。ミディアム以上になって苦情が来たらどうしてくれる。もう許さん。

「クソ野郎が……お仕置きされ足りねーらしいな!」

 マクーめがけてブレスを吹きかける。噴きあがるのは深紅の炎――ではなく、ちらちらと粉雪のよう舞う光だった。

「……はあ? なんだそりゃ、しょっぼいブレスだな――」

 バッシャーンッ!

 ――と。マクーが言い終わらないうちに轟音が響いた。それまで騒ぎ立てていた他のドラゴンたちも、唐突な雷鳴に、一斉に口を閉ざして目を点にした。

「……………………は?」

 やっとそれだけ吐き出したマクーの声は、情けなく震えていた。雷なんて目の前で見たことも無かったんだろう。可哀想に……なんてことは全然思わなかった。

「寝ぼけた声出してんじゃねーよ。今度は直撃するか? ああ?」

 そう言って、今度は本当にマクーの顔面目がけてブレスを吐きかけてやる。顔面に広がりながら迫る青白い光に、マクーは悲鳴を上げて飛び退った。もっとも、その悲鳴も雷鳴に半ばかき消されてたが。

「お、お……覚えてろよー!」

 お前、人生であと何回そのセリフ言うつもりなんだよ。オレは溜め息を吐いて、馬鹿野郎からお客様方の方へと目を向けた。……と。

 歓声が上がった。

「な、何だ?」

 ドーンホールは大盛り上がりだった。あちこちから「いいぞー!」とか「やるじゃねぇか!」という声が上がっている。なんか知らんがマクーを追い払ったのが歓心を買ったらしい。別に強いヤツと熱い戦いを繰り広げたわけでもないのに……それともマクーがよっぽど嫌われてたのか。いや、酒の力か――?

「グラミア!」

「セシル!? ……と、イズズ」

 セシルは何故かイズズの背中に乗っていた。イズズの顔面は赤く、飛び方もふらふらしている。何が危険は無いだ。超危なそうじゃねーか。イズズの背からぶんどってオレが抱えたいが、残念ながら大量のバスケットを両手や背中に担いでいるためそれもできない。

「忘我に浸っている暇は無いよ。グラミア、いまこそ好機だ。店と君の名前、そして料理の味を覚えてもらうんだ」

「あ、ああ、そうだな」

「この子のことは任せときなぁ」

「……絶対、落とすんじゃねーぞ」

 イズズに一応凄みながらそう言って、オレは歓声を上げるドラゴンの中から、注文を受け取ったドラゴンを見つけて飛んで行った。



 ――盛況。

 実に盛況だった。それまでの盛り上がりのおかげか、保温され焼きたての熱を保った肉を出しただけで歓声が上がった。文句を言ってくるヤツは誰もいなかったし、一口食って「美味い」と言われたときは、定食屋冥利に尽きる思いだった。

 オレは、ガチ泣きした。

「はははは! お前なーに泣いてんだよー!」

 見知らぬドラゴニュートに背中をバシバシ叩かれる。オレの手には酒瓶。滅多に他種族との交流を持たないドラゴンが、唯一と言っていいほど接点を持ち、取引をする物の一つが酒だった。味からしてたぶん果実酒だろう。誰が持ってきたか知らないが、ドーンホールの底には酒瓶と酒樽が幾つも転がっていた。誰が掃除すんだコレ……いや、いまは考えまい。というか考えられない。酔うほどの度数じゃない気がしたが、一口飲まされただけでオレのメンタルはぐだぐだになっていた。

「おいおい泣いてる暇あったら飲め飲め!」

「ほらっ、ツマミもあるぞ!」

「兄ちゃん知らねーだろう? これ、うめーんだぞぉ」

 おっさん、申し訳ないがメッチャ知ってる。その黒コショウ振ったソーセージはオレの自家製です……。

「グラミア。感極まっているところ悪いけど……」

 と。酒臭い一団の中にあって一人、素面のセシルが話しかけてきた。よかった、飲まされてなかった……飲酒の法はドラゴンの郷に無いが、たぶん人族の国では子供に酒はアウトだろう。

「追加の注文」

「あ……? あっ……そ、そうか、まだチャンスタイムってわけか?」

「そう。この場は僕に任せて」

 大丈夫か、とはもう聞かなかった。さっきのいまで、すでに背中に乗っけてもらうほどイズズと仲良くなれていたほどだ。その話術は信じて大丈夫だろう。

 オレはその場で再び注文を取ると、再び店に戻った。次の注文はさっきの倍は来て、流石にオレ一人では運びきれないだろう……と思っていると、話はあれよあれよという間に変な方向へと進んでいき――。


「おーい! おかわり!」

「オレは酒の追加で!」

「こっちのテーブルにも、向こうの皿の肉!」


 ――何故か、オレの店がドラゴニュートで満席になっていた。

「セシル……手伝わせてマジすまん……」

「お代は食事でおごってもらうよ。それより4番テーブル瓶2追加で」

 貯蔵庫からワインボトルを二本出す。ああ、あれだけ買い貯めてたワインがもう切れそう……ホントに大丈夫かセシル? と視線を送るが、セシルは積極的に客と会話していて視線は合わなかった。

 こうなったのも実はセシルのおかげ(?)だ。

 ドーンホールで二度目の注文を取るため飛び回り、注文量が多すぎるかもと一度セシルに相談しようとしたところ――セシルはあれよあれよと話をまとめ、客たちを店に招いてしまったのだった。ドーンホールにいた全員が来たわけではなく、だいたい七割ぐらいが入った形だが……それでもテーブル席はほぼ満席になった。

「これ、マジで大丈夫なのか……?」

 嬉しい光景のはずなのに、見てて段々冷や汗が滲んでくる。客がいるのはいい。願ったり叶ったりだ。だが、こいつらは完全に酔っぱらっている。通貨に該当するもんをドラゴンはあまり持ち歩かないから、いまお代を回収するのは難しい。それはまだいいんだが、後から「金払え!」と言ってホントに払ってもらえるのか。最悪「お前が食っていいっつったんだろ!」と支払いを突っぱねられる可能性だってあった。

 ――が、いま不安がっても、もはや無意味だろう。お客様を店から叩き出すわけにもいかなかった。

 額に流れる汗をタオルで拭う。いくらドラゴンとはいえ、ドラゴニュートに姿を変えて肉を焼き続けていると……メチャクチャ熱かった。


 そんなこんなで半日以上。

 真っ昼間どころかほとんど朝から行われていたドラゴンたちの宴会は、日が沈むころになってようやく終わりを迎えたのだった。

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