チャンス!?急遽宅配!
炎は断続的に噴きあがってくる。ドーンホールの中を飛ぶ、二体のドラゴンが争っている。岩壁の、僅かに突き出した場所にはドラゴンやドラゴニュートがいて、歓声やらヤジを上げていた。
「どうやら、真剣な殺し合いという風では無いようだけれど……!」
セシルが言う。確かにそう見える。どちらかというとケンカの延長のじゃれ合いに近いだろう。もしくは酔っ払いのグダグダしたやり取りにも見える。実際、何人か酒に酔っている様子のドラゴンもいた。
「酒入ってるのはマズい、ドラゴンってのは総じて酒に弱くて悪酔いするんだ」
「それは、初耳だ」
炎を避けつつ、俺は一度岩棚に着地した。そこには一体のドラゴニュートがいる。そいつからは酒の匂いはしなかった。
「おい、イズズ! こりゃいったい何の騒ぎだ!」
「ああ? おお、グラミア! お前も来たのか!」
「来たら悪いか! てか、オレは何で呼ばれてねーんだよ?」
「なんでってそりゃあ、」
イズズはその顔を、空を飛びまわって火を吐くドラゴンへと向けた。争ってるのは群青色の鱗を持つ首の短いドラゴンと、金色の鱗を持って長い胴体に六枚の翼を生やしたドラゴンだ。金色の鱗の方には見覚え、というか聞き覚えがあった。
「あの金のドラゴン、まさか黄金卿ゴルドバーンの血族か?」
「おうおう、その通りさ。黄金卿の末裔が一人、ゴルドグロウ様だよ。それがうちの古老の血族と、力比べをしてるのさ」
「力比べって……」
殺意が無いのは分かるが、なんでまたそんなわけの分からんことを? というか、うちの血族ってことは……
「あの青いの、もしかしてラグナロックの血族? 誰だ、あいつ」
「知らねぇか? マクシャライスの坊ちゃんだよ」
「マクシャ……?」
「マクー! グラミア、覚えていないのかい? アリアの弟、マクシャライス……マクーだ!」
ああー、と間抜けな声が出た。ジャラジャラ男で覚えていたから、なかなか名前が出てこなかった。
「あいつ、まーた人様にケンカ売ったのか。てか、ゴルドバーンの血族にケンカ売るって正気か?」
「ゴルドバーン、というと……確か黄金山の郷の?」
「よく知ってるな。そうだよ、黄金山……エルドモントの郷の古老だ。エルドモントはここらじゃ一番デカイ郷だ。そんなヤツとやりあって……この郷もおしまいかもな」
「悪い冗談だぜ。ゴルドの坊ちゃんは気の良いドラゴンだ。今回のことだって、突っかかったマクーをいなすためにやってるのさ! ほら、見てみろ」
金色のドラゴン、ゴルドグロウが唐突に身を翻して急上昇した。ぐんぐん離れていくゴルドグロウに向けて「待ちやがれ!」と甲高く喚くような声でマクーが叫んで、追いかける。垂直に二体のドラゴンが並んだ――その時、一瞬マクーが動きを止めた。直後、百八十度ターンしたゴルドグロウがマクーに突撃し、さらに体を回転させた。
バシィッ!
鈍く重い音が響いた。しなる尻尾が勢いよくマクーの腹をぶちのめしていた。マクーは目を見開いて口を開け、悲鳴ともつかない声を上げ、そのまま落下していった。
一撃で倒されたマクーは、地面に叩きつけられた後「覚えてろよ!」と何とも小物なセリフを吐いて飛び去って行った。方角からしてたぶん家に帰ったんだろう。古老の血族だからと好き勝手やってたらしいマクーは、嫌われていたらしくドーンホールは歓声に包まれていた。
で、ゴルドバーンのヒーローインタビューだの、溜まった鬱憤から来るマクーへの罵詈雑言だのがあったけどまあ、それは置いといて……。
宴会はそのまま継続していた。オレたちにとっては好都合だった。
「酒のアテいかがっすかー! リクエスト、何でも承ります! 硬貨一枚、宝石の欠片ひとつから承りまーす!」
セシルが耳元で囁く言葉、そのままをオレは叫んで飛び回った。ちょっと恥ずかしい……が、恥ずかしいのを我慢して声を張っていると、そのうちに呼び止められるようになった。
「何やってんだ、あんた?」
という変なものを興味本位で呼び止めるヤツや、
「飯持ってきてくれんの?」
とそのまま注文してくるヤツもいた。
ホールを上から下まで、旋回しながら上下すること三回。
だいたい半数のドラゴンが注文をつけてきた。二、三体は前払いで代金を払ってくるヤツ――いや、お客さんもいて、オレはメチャクチャ驚いた。
「み、店開いて、あんなに客が来なかったのに……一日、いや数分でこんなに注文されるなんて!」
「感動してる場合じゃないよ、グラミア。ここからは速度が大事だ」
「ああ、そうだな――」
「というわけで、僕はこの場に置いて行きたまえ」
「は!?」
ドーンホールの底から一気に上昇しようとしてたところにそんなことを言われ、オレはその場で足踏みをした。
「なんで? てか、危ないだろ!」
「危なくはないだろう。ここのドラゴンたちが無差別に人を襲うと思うかい?」
「そりゃあ……」
「言っただろう、速度が重要だと。僕を置いて全力で飛ぶんだよ」
少し悩んだ。が、結局オレはセシルを置いて飛ぶことにした。ここの連中がセシルに危害を加えるとは思えない。それに、セシルは『相談屋』だ。セシルがしてきた忠告や進言を無視して良いことも無いだろう。
――というわけでマッハで帰宅!
マジで、ここ数年こんな速さで飛んだことあったか? と言うほどの速度で飛ばした。そして厨房に駆け込み調理開始!
「確か注文は――と」
ジャケットの胸ポケットに入れてあったメモ帳を引っ張り出す。これも商人から買ったものだった。こういう紙でできたものもドラゴンの郷にはあまりない。ドラゴンは石板やなめし皮に文字を書く。注文伝票代わりの、紐綴じのメモ用紙……そこに箇条書きした注文を一気に確認し、貯蔵庫を開けた。
「肉、肉、肉だな……」
ドラゴンは肉食。見た目通りだ。しかし、せっかく野菜や果物を用意したのに、そういう系統の注文が一切来ないのは悲しい――などと贅沢を言ってはいられない。いまはともかく客のニーズを満たすこと。
じゃ、その客のニーズとは、具体的になんぞや?
肉肉肉、というだけだとまったくワケが分からんが、具体性がある注文もあった。
……まあ具体性っつっても、焼き加減とか味付け程度のもんだったけど。それでも、なんも言われないよかマシだ。大半は「なんか肉持ってこい!」ぐらいなもんだったし。ま、肉とだけ言ったヤツのことは深く考えず、細かい注文に合う、そしてなるべく短い時間で作れそうな料理をともかく作る。厨房のコンロがフル稼働するなんて初めてかもしれない。厨房にはコンロが三つに、長時間肉を回転させながら焼くグリルコンロが一つ、石窯もあるけどこっちは開店当初から火が入ったことが一度も無い。
「さーて、後は配達用のバスケットを……と、数足りるか……?」
一応、出前にも対応できるようにはしてある。そのためのバスケットも用意した。が、こんなに注文が入るのは予想外だった。注文を取る最中、セシルに「多めに作るように」と言われていたのでともかく全てのバスケットを満帆にする前提で料理しようと思ってはいたが。それでも要求を満たせるだろうか、ちょっと不安になる。
オレの不安をよそに肉が焼けていく。ぼさっと立っている時間はない。焼き加減、味付け、一応おまけとしてつけてみるサラダ類の準備。料理完成までにやることは山ほどあった。
――そんなこんなでおよそ十五分。
移動時間を含めても三十分は切っただろう。オレ個人としては合格点だが、お客の評判はさていかほどにってとこ――。
「おい! 待て! 待て待て待てったら!」
ドーンホール上空。さて宅配をと一度滑空を止めたところでお声がかかった。見覚えのあるドラゴニュートが飛んで来る。げ、と思わず声に出た。
「お前……家帰ったんじゃなかったのかよ……」
脱力感と共に吐き出す。そこにいたのは相変わらずアクセサリーを全身につけてジャラジャラ感を出しまくってる男、マクーだった。
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