調査開始!
「まず僕たちがすべきことは、二つの調査だ」
カウンター席からテーブル席に移り、オレとセシルは話していた。テーブルには湯気の立つ紅茶が淹れられたカップが二つある。蜂蜜入りの、少し酸味の強い紅茶はオレの好みの茶だった。
「味の好み、そして有効な広告の打ち方。この二つ……だったよな」
「そう。どちらが欠けても、客足は伸びないだろうね」
軽く説明を受けてからの再確認。ただ、話を聞いてもちょっと分からないというか、腑に落ちないことがあった。
「調査……っつっても、広告の打ち方なんてセシルが知ってるんじゃないのか? それに、ドラゴンの味の好みはオレが知ってるし……改めて調べることなんてあるのか?」
「もちろん! 僕は確かに広告のパターンを知っているけれど、この郷にマッチするのがどのような広告なのかはちゃんと現地を見ないと分からない。それに、君がドラゴンだからといって、君の好みがドラゴン全ての好みとは限らないからね。たとえば……この紅茶とか」
セシルはそう言って紅茶を飲む。……そういえば、この紅茶が好きだってヤツはオレぐらいなもんだ。というか、蜂蜜を飲み食いしているドラゴンも珍しい。養殖の技術がドラゴンには欠けている。蜂を育てて、わざわざ蜜だけを取るって行動をドラゴンはやらない。
「この紅茶は僕も好きだよ。人族ならば、好む者はとても多いだろうね」
「人間なら……?」
「知ってるかい、グラミア。人族は甘党なんだ。僕が好きだからということではなく、統計的にね。一方、魔族は苦いものを好む傾向が強い」
「そうなのか? 初めて知ったぞ」
本で読んで、人様に出せる料理を学んだつもりだった。けど、種族ごとに味の好みが違うなんて初めて知った。
「そういうことだから、この郷のドラゴンたちから話を聞きながら、郷を見て回ろうと思う。移動には基本的に空路を使おう。この地の住人が、普段どのような動きをしているか……それを見ながら調査するんだ」
「分かった。行こう!」
紅茶を飲み切ると、カップを流しに置いて俺たちは外に出た。
ドラゴンの郷。その中でもまだ新しいこの郷、ラグ・ラギには、だいたい五十体ほどのドラゴンが住み着いている。元々は、高名な古竜ラグナロックの住処だったが、ラグナロックが千年前に滅ぼされた後は、その血族がひっそりと暮らしていた。ラグナロックの血族の恩情により、戦争で行き場をなくしたドラゴンたちが集まった郷――それがラグ・ラギだった。
「――なるほど。場所としては由緒正しく、郷としては新しいと……」
オレの説明を聞いたセシルが言った。オレたちはいま、空を飛んでいる。オレがセシルを背負って、ドラゴンを探しながら北の方へと向かっていた。北には塔のように切り立った岩山がある。ラグナロックの血族の古城――いまはアリアさんやジャラジャラ男の住処となっている場所をひとまずの目的地にしていた。
「アリアさんとは交流があったんだよな? 郷のことは聞かなかったのか?」
「どちらかというと、彼女に人間のことを教える機会の方が多かったよ。アリアはあまり……郷のこと、特にラグナロックのことを話したがらなかった、ように見えた」
「ふーん……」
まあ、アリアさんにも立場とかがあって、話せることもあれば、話せないこともあるんだろう……たぶん。
「……にしても、誰もいねーな。いったい何があったんだ?」
「いつもはこうじゃないのかい?」
「ああ。数が少ないとはいえ、もうちょっと飛んでる姿が見えたりするもんだが……」
「ふむ。何かあったなら、誰かに話を聞ければいいのだけれど……あっ」
セシルが声を上げた。オレも気がついた。穴倉の中から一体、ドラゴニュートが出てくる。背中には翼、そして額からは二本の角が生えている。翻る青い髪が、宝石のように輝いて見える……。
「おーい! サピリアー!」
呼びかけると、向こうも気づいたらしい。二対四枚の翼で羽ばたき、こちらに近づいてきた。サピリアは、一目で余所行きと分かる恰好をしていた。体のラインが出る、青い鱗のドレスに群青色のケープを羽織っている。
「サピリア、今日はいつも以上に美人だな。どうしたんだ? 彼氏でもできたのか?」
「あいにくと、この三十年はずっと独り身よグラミア。ところで、背中の子は? どこからさらってきたの?」
「さらってねーよ! この人はセシル、オレの店の相談役だ」
オレが紹介すると、セシルはオレの背から少しばかり身を乗り出して「こんにちは」と言った。
「私はセシル・フォン・ヴァレンティン。相談屋『ローエングリン』の仕事でグラミアの元を訪れたんだ」
「ご丁寧にどうも。私はサピラリアライン……グラミアの友人よ」
「よろしく、サピリア。私たちはいま、グラミアの店のための調査をしているところなんだ。ただ、調べようにも話を聞きたい相手が出払っていてね……どうしていま、郷にはドラゴンたちがいないのか、聞いてもいいかな?」
セシルが尋ねると、サピリアは困ったように眉根を寄せた。
「私も分からない。唐突に、古老次席からの通達が来て……」
「どの程度のドラゴンが集まっているんだい?」
「呼ばれたのは恐らく十体程度ね。そのパートナーや従卒も同伴している様子だったし、正装するようにとも言われていたから……パーティでもあるんじゃないかしら」
パーティ、と言われてもピンとこない。ドラゴンは元々あまり群れを作らないし、ドラゴン同士が集まって、パーティだ宴会だということもあまり聞かない。
「……なんのパーティなんだ?」
「さあ……行ってみないと、なんとも。気になるなら、中の様子を後で教えてあげるわよ」
「ああ、頼む」
「それと、他のドラゴンを探すならドーンホールに行くといいわ。どうやら宴会とやらをやるそうよ」
「そりゃまた……珍しいな」
群れないドラゴンが、一日に二グループも宴会だパーティだと集まりを開くのか。……ってか、どっちにも呼ばれてないオレっていったい……。
「それじゃ、気を付けてね」
「あ、ああ……じゃあな」
サピリアは翼を羽ばたかせ、旋回すると一直線に北の方へと飛び去って行った。
「……本人に深く聞けなかったけれど。古老次席に呼ばれるとは、どういった人物なんだい?」
「どういったっつっても……そこそこ良い血筋の出身って話は聞いたことがあるけど、それ以上はオレもよく知らねーよ」
サピリアについてはそう言うしかない。セシルの方も、これ以上は突っ込んで聞くことでもないと思ったんだろう。そこで話を切ってくれた。
サピリアと別れたオレたちは、郷の西の方へと飛んだ。
「あれは……」
視界の端に映る大穴にセシルは目を止めたらしい。息を飲むような音が後ろから聞こえた。
「あの朱い岩壁……ドーンホールとはもしかして……」
「お察しの通り。千年前の大戦よりもさらに昔、ラグナロックとギャラルホルンが縄張り争いをした場所さ」
あれが、とセシルは言ったきり何も言わなくなった。感激してるんだろうか? 人族にも話が伝わるほどの戦いだったんだな。それとも、セシルが特に詳しいだけなのか?
「あそこだけ朱いだろ? あれはギャラルホルンの断末魔でああなったって話だ。血とかじゃなくて声で、地面がガーネットみたいになっちまったんだ」
「みたいに、ということは宝石のガーネットとは違うのかい?」
「らしいな。オレもよく分かんねーけど、ドラゴンの
穴に近づいていくと、他にも穴に入っていくドラゴンの姿が見えた。中にはドラゴニュートではなく、
「かなりの数だ……十体、いや、二十体近くいるんじゃあないか!?」
「なんだあの数。ここにドラゴンが何体もいることはあっても、こんな意図的に集まることってないぞフツー」
「これだけいれば調査も捗るだろうけれど……まずは何があったのか聞いて――」
セシルが言い終わらないうちに、オレはとっさに急上昇した。
ゴウッ!
下で空気が燃焼し、爆発する音と臭いがした。硫黄の火。ドラゴンの吐くブレスの一つだ。
「な……」
「あいつら何やってんだ!?」
絶句するセシルと、叫ぶオレ。郷の中でブレスを吐くなんて何考えてやがんだ? ありえない。ドラゴニュートが殴り合いのケンカする程度ならまだしも、ドラゴンとしてブレスを使うというのは本気の闘争をしていると受け止められる。事と次第によっては、ガチで古老の血縁が介入しなけりゃならなくなる。
「ドラゴンが、戦っているのか……?」
「セシル、お前を適当なとこに下ろす。ちょっと待ってろ」
「あの穴の中に行くのかい? だったら僕も連れて行ってくれ」
「馬鹿言え! 丸焦げどころか炭も残らねーぞ!」
わざわざセシルを危ない場所に連れて行く理由はない。というか、オレだって回れ右したい。が、黙って見過ごしたとなったら、後で古老の血族からどんな小言を言われたもんか分かったもんじゃない。だからこそオレだけで……と思ったのだが、
「もし何か、話し合いで解決できることがあったなら、その時は僕の出番だ。それに、僕は君と契約した。一蓮托生だろう?」
「ただの仕事の契約だろ!? 大げさすぎるって! そんな理由でオレについてくるってのか!?」
ほとんど怒鳴るような声で言っていたが、セシルは何故か声をあげて笑った。
「ははは! 本当は、ただの好奇心、興味本位なんだ。初めてドラゴンの郷に来たものだから、なんでも見ておきたくてね!」
「お、お前~……! マジで知らんからな!」
身動きのできないような岩場にでも放っておこうかとか思ったけど、正直セシルの気持ちもちょっとだけ分かる気がする。オレだって、人間の町に行ってケンカの人だかりができていたら、野次馬しちまうかもしれない。
仕方なく、オレはセシルを連れて行くことにした。
「しっかり掴まってろよ!」
そう言うと、オレは翼を折りたたんで、落ちるようにドーンホールの中へと滑空していった。
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