第一話【相談屋のチカラってスゲー!】

セシルとの出会い

 オレは、店に来た子供をまじまじと見た。

 特徴を見る限り、たぶん人間だろう。ドラゴン族としての特徴はもちろん、魔族的な部分――青や緑の肌の色や、体に自然に現れる文様のような痣も無い。ただ、人間だとしたらやっぱり幼すぎる。

 その子供、どう考えても十歳にもなってないと思う。

 黒いボブカットの髪と黒い目。華奢な体にまとっているのは白いシャツに、グレーのベストとズボン。顔がメチャクチャ良くて、見た目の年齢のせいもあってか男の子か女の子かも分からない。

「ああ……えと、いらっしゃい……ませ?」

 なんだかとっても間抜けな対応をした気がする。子供は肩を竦めた。

「お客さんとして来たわけでは無いつもりだったのだけれど……そうだね、何か頼もうかな」

 子供はそう言って、店のカウンター席に座った。店は比較的広い。ドラゴン族の家と同様、断崖に掘られた洞窟の中にあって、カウンター席とテーブル席がある。木造りの席はオレの手製だ。壁もタペストリーとかで飾って、それなりに整えてはいるつもりだ。そんなオレの店を、子供は席に着いたままぐるりと見回し、それからカウンター席に置いてあるメニューを取った。

「……ふむ」

 その呟きひとつで、何でかぴっと背筋が伸びた。品定めというか、見定められているというのをひしひし感じる。オレがカウンターの内側で突っ立ていると、子供は急に顔を上げた。

「ああ、済まない。名乗り忘れていた。私はセシル・フォン・ヴァレンティン。相談屋だ」

「あ……あっ、どうも。オレ、グラミアミリヌス。この郷ではグラミアって呼ばれてます」

 自己紹介をしながら小さな紙きれを渡された。本で使われている物よりも硬い髪で、人族が使う文字で名前と所属らしいものが書かれていた。これはもしや、め、名刺!

「相談屋『ローエングリン』……」

 書いているのは所属と名前だけ。年齢は当然書いていない。相談屋……聞いたことない職業だ。人族の中ではよくある職業なんだろうか?

「店員さん」

 名刺をまじまじと見ていると声をかけられた。「はい!」とカウンターから出て注文を取る。

「こちらの焼き魚定食を一つ。あと、デザートに蜂蜜のクッキーを」

「はい、焼き魚定食を一つ。デザートに蜂蜜のクッキーを一つ。以上でよろしいですね?」

 セシルが頷いたので、オレは「かしこまりました」と言って厨房に引っ込んだ。……ああ、なんだか背筋がもぞもぞする! 視線を感じるっての? 一度振り返ると、ばっちりセシルと目が合った。セシルはとても綺麗な微笑でこっちを見ていた。どういう感情なんだろう……すごく気になるけど聞いてる場合じゃない。開きにしてあった魚に塩を振って焼き、その間にパンをオーブンに入れる。後は朝から火を入れてあった鍋のスープを器に注ぎ、冷蔵庫にストックしてあったサラダも付ける。

 だいたい、十分ほどで用意できたと思う。

 ……いやもうちょっとかかったかもしれない。魚をしっかり焼いて出した。ドラゴンは気にしないが、人間は寄生虫にやられるらしいし。

「お待たせしました、ご注文の焼き魚です。デザートの蜂蜜のクッキーは食後にご用意いたしましょうか」

「うん、それでお願い。それと、頼み忘れたんだけれど、飲み物にオレンジジュースを」

 ああしまった、飲み物はご入用ですかとか聞いとくべきだったかな。でもサイドメニューをあれこれ聞かれてウザいとか思うヤツもいるだろうし……いや、そういうことも後から聞いてみよう。ともかくオレンジジュースをコップに入れて出し、オレはまたカウンターの中に引っ込んだ。一応、クッキーを貯蔵していた棚から出して皿に盛っておいたりはした。


 しばらく、待った。


 セシルは食っている間、特に何も話さなかった。食ってる姿はなんというか、上品って言うのか? 育ちが良いんだなぁと思ってい見ていると、着てる服とかもなんとなく高そうなものに見えてくる。実際高いかどうかは分からない。食べ終わるのを見計らって食後のクッキーを出すと、それをひとつ摘まんで、オレンジジュースを口にしてから、セシルが口を開いた。

「……素晴らしい。町の店と全く遜色が無い」

 オレはその言葉にはっとした。マジで? と言いそうになるのをぐっとこらえ、黙ってセシルの言葉を促す。

「グラミア。君はどうして、この料理をこの郷で出そうと思ったんだい?」

「え? えーとですね……」

 考えこもうとしたところで、セシルはくすっと笑った。

「そんなに畏まった言葉遣いをしなくても大丈夫だよ。リラックスして、思ったままを言ってみてほしい」

 思ったままを……と言ってもその思ったことを言葉にするのが中々に難しい。何でこの料理をと言われても……

「その……恥ずかしい話なんすけど。料理っていうの、こういう感じのしか作れなくって」

 これだと上手く伝わらないかもしれない。というかオレの料理のレパートリーが狭いとか思われそうだ。いや実際広いわけじゃないんだけど、もっと根本的に面倒な事情がある。

「いや実は、ドラゴンってのは基本的に料理しないんすよ。丸焼きで調味料も使わなくって。この姿……ドラゴニュートになっても姿焼きとか、下手したら生のままで。オレの料理は人族の商人から買った本を読んで作ったものなんです」

「なるほど……それでか」

 な、なにが『それで』なんだ……!?

「ここに書いてあるメニュー。これは他のお客さん……ドラゴンたちにも同じように出しているものなんだね?」

「あ、はい! そうですけど……」

「原因はそれだ」

「は、はい!?」

 原因!? 原因と言うと……つまりはお客さんが来ない原因のことか?

「あの、それって、オレの料理がマズいってこと……?」

「それは違う! この料理はとても良い。極端に美味しいというわけではないが、家庭的で人の心に寄り添うような味わいがある。定食屋という名に相応しく、毎日通っていても飽きないだろう味、そして店の雰囲気になっているんだ」

 あまり褒めちぎられてもむず痒いような気持ちになる。そ、そこまで言われるようなもんなんだろうか、オレの料理って?

「ただ……商売というのは、モノが良いというだけでは決して軌道には乗らないんだ。モノを売るためには何が必要か、グラミアは分かるかい?」

「えーと、信頼……ですかね?」

 オレは本に書いてあったことを馬鹿正直に話した。セシルは頷いてくれたが、それは正解じゃ無かった。

「それも確かに重要だね。けれど、信頼と同じほどに重要なものがあるんだ。それが需要と供給……つまり『求められているモノ』なんだ」

「……それって……つまり、オレの店に客が来ないのって、オレの料理が求められてない……ってこと?」

 言葉にすると、腹にズシッと来るものがあった。ずーんと気が重くなりそうだ。セシルも苦笑している。辛い現実だ。泣けてくるが子供の前で泣くわけにもいかない。

「残念ながら……ここのメニューはドラゴン族の好みには合っていない可能性が高い。元来料理の概念が無いところに、ある程度手が込んだものを作っても興味を惹くことはできないだろうね。

 ……それに、立地も良くない」

「立地……すか」

「大きな通りに面していて、周囲に住居もある。一見すると来客が見込めそうな立地だけれど、歩いていて気づいたことがあるんだ」

 セシルはその答えを言う前に、オレンジジュースで唇を湿らせた。

「ドラゴン族の変身形態……ドラゴニュートは体の一部分をドラゴン化させることができる、とはアリアから聞いていた話だけれど。実際に見てみると、そうして空を飛んで移動しているドラゴンがかなり多いみたいだね」

「あ、ああ……ここの郷のドラゴン族はほとんどアンヘル種……人族の言葉で言うと天竜種だからな」

 ドラゴン族の全てが背中に翼を持ってるわけじゃない。翼を持つ竜、天竜のことをオレたちはアンヘルと呼んでいた。

「空を飛んでいると、当然表にあるあの大通りは使われない。ここより下の方にも多くの住居があったけれど、上へ行く用事があったとして、この店が通り道の直線状にあるとは限らない。それに、もしこの上をドラゴンが通ったとしても、そもそもここに店があるかどうかも気づけないのではないかな?」

「うっ……! た、確かに……!」

 店の看板は、一応は作ってある。ただそれは立て看板で、本日のおすすめメニューと一緒に店の名前が書いてある感じのものだ。通りを歩いてたら気づくだろうけど、空からと言われると……。

「それと、アリアやこの郷のドラゴンに少し話を聞いたのだけれど……これも残念なことに、ここに食事処があると知っている者はほとんどいなかったよ」

「えっ!? あ、そ、そうだったのか……?」

「名前だけは知っている、という者は多かったのだけれどねぇ」

「名前だけ……」

 なんてこった。一応知り合いには全員声をかけておいたのに。オレの家で店をやってるから場所が分からないってことも無いはずだし……口コミで広めてくれるよう頼み込んだのに、それも効果ナシ?

「ふむ……その顔を見るに、もしかしたら少しは広告を出していたのかな?」

「広告というか……知り合いに店を始めたことと、それを知り合いの知り合いに伝えるようには言ったんすけど……」

「なるほど。知り合いの数を聞いてもいいかな?」

「郷の半数くらいだから……だいたい二十体ぐらいか?」

 この郷はあまりドラゴンの数が多い方じゃない。割と大きい郷が近くにあるし、ここは最近できたからまだ住民が少ないんだ。

「二十か……その二十のうち、実際ここに来てくれたドラゴンはいる?」

「あー……一体だけ。ただそいつ、店に金が要るって知らなくて。今度何か持ってくるっつってそのままなんすけど」

「他に来たお客様は?」

「二体だけ。一体は人族や魔族の国にも行ったことがあって、お題として翡翠の欠片を払ってくれました。もう一体は知り合いの兄弟で、やっぱお金の概念が薄い感じで……オレよりだいぶ年下の子供だったもんで、お代を取り立てようって感じにもなれなくて」

 事情を説明すると「ああー……」とセシルは声を上げた。呆れられたのか、それとも同情されたのか。

「うん……なるほど。なるほどねぇ。いや、クライアントを前にして言うことではないんだけれど。これは難題だねぇ」

「う、すんません……」

「ただ、依頼を受けたからには私も全力を尽くさせてもらうよ。何よりも、いままでで一番面白そうな案件だからね」

 オレは反射的に「ありがとうございます!」と頭を下げ、そして気づいた。

「……あの、ところで依頼って? オレ、まだ依頼料とかお支払いしてないすよね……?」

 そうだ。オレは一週間前アリアさんから『人を紹介する』と言われただけだ。その人と何か契約するとか依頼するとか、そういう話は一切無かったと思う。いつの間にそんな話に? も、もしかしてこれは詐欺……!? などと身構えていると、セシルは笑って答えてくれた。

「そのことなら安心してほしい。依頼料はすでに前払いで受け取ってあるんだ」

「う、受け取ってある……?」

「聞いていなかったのかい? アリアが、弟が世話になった礼にと言っていたんだけれど……」

 笑顔に困惑を混ぜ込みつつ言われたセシルの言葉に、オレはメチャクチャ驚いた。あ、アリアさん……! なんていいドラゴンなんだ! 後で菓子折りとか持って行こう。いくらジャラジャラ男……名前なんだったっけ? あいつの一件があるとはいえ、それに見合う料金だったとは思えないし。お礼は絶対言おう。

「ふむ……どうやらちょっとした伝達の行き違いがあったようだ。では、改めて確認させてほしい。私はアリア……アリスカレリアに依頼され、この定食屋『シャイン・ショック・ドゥ』の経営コンサルタントを頼まれた、相談屋『ローエングリン』のセシル・フォン・ヴァレンティンだ。このまま君の店の経営について、相談に乗りたいと思う。どうかな?」

 オレは即答した。

「よろしくお願いします!」


 ……こうして、オレとセシル、二人三脚の定食屋経営が始まった!

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