争い転じて
「……なに。オレいま忙しいんだけど」
店のカウンターから出ずに俺は言い放った。オレの店にずかずか入ってきて、何の注文もされなかったらそりゃそういう塩対応にもなる。が、相手はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに鼻で笑った。
「忙しい? どこをどう見たらそう見えんだぁ?」
三白眼が店内をねめ回す。そいつはいかにもな風体をしていた。耳にはピアス、腕にはバングル、指には指輪、首にはネックレス。それぞれ一つ二つの話ではなく、何重にもつけて見た目がじゃらじゃらしている。のわりには体が細くて、見た目が全然アクセサリーの重量感に追いついてない。
……あ、言い忘れてたけど、オレらドラゴン族は、普段は人族や魔族っぽい見た目をしている。尖った耳や角、尻尾、爪に鱗、牙とドラゴンによって出したり引っ込めたりするところは違うが、共通しているのは目。縦長の瞳孔と、星が散ったようなハイライトが入っているのがドラゴン。ただの縦長瞳孔はリザードマン。混同しないように。
でだ。オレも相手も二足歩行。ドラゴニュートっていう、この姿になるのは生活のためだ。食うものが少なくてもいいし、住むスペースも取らない。立って半畳寝て一畳って言葉が遥か東の国にあるが、領土が狭められて『郷』を作って一か所に住まわざるを得なくなったドラゴンにとって、省スペースで暮らせるのは大変重要なのだ。
ま、説明はこの辺にしておいて。
「店番ってのは何もしないように見えて色々やってるんだよ。働かねータダ飯食らいにゃ分からんよなー」
そう言われ、ジャラジャラ男はぐっと押し黙った。
「た、タダ飯だとぉ? オレはちゃんと狩りやって飯食ってんだろうが!」
「うっせぇわこの『家畜食い』」
言い放つと、ジャラジャラ男はいよいよ顔を赤くして目を吊り上げた。家畜食いは現代のドラゴンにとってはかなりの蔑称だ。他の領地にこそこそ入って行って、大人しい家畜をこっそり頂いて帰る。国内でドラゴン同士争って食料を勝ち取ったり、人間と交渉して食料を入手したりすることができないヤツがすること。泥棒みたいなもんだが、スラング的には『根性ナシ』ってとこだな。
「だ、だ、だ、誰が家畜食いだテメェ! オレはフツーに狩りしてるからな? ナメた口利いたらマジ殺すかんな?」
「……はぁ~~~~」
オレ史上最大のクソデカ溜め息が出た。ジャラジャラ男、キレすぎて目蓋がピクピクしてら。
「分かった分かった、表に行こうな」
「あ? あ、あ、ああ……」
オレが態度を急に変えると、ジャラジャラ男はちょっと戸惑った様子で、外に出たオレの後に続いた。
外、快晴。人通りならぬドラゴン通り、無し。店の中どころか店の前の通りすら誰もいやしねぇ。そりゃ閑古鳥も大合唱だわ。
「来いよ」
「ああ?」
「先に一発殴らせてやるつってんだ」
腕組んで直立不動。なんでもある国の麺を取り扱う飲食店の、スタンダードポーズらしい。ジャラジャラ男は何か口をもごもごさせていたが、意を決したように拳を固めた。
「ナメやがって! 後悔すんなよオラァ!」
わあ、もう完全にチンピラだぁ……そしてチンピラのお約束。
ジャラジャラ男、クソザコである。
ゴッと鈍い音がした。オレが殴られた音じゃない。ジャラジャラ男がオレを殴った音はぼすって感じだった。同じ頭を殴った音でこの違い。ジャラジャラ男はケンカ慣れしてないんだろうな、というのがよく分かる。
で、頭殴られたジャラジャラ男。その場にダウン。
オレが強いかどうか以前の問題として、本当に戦闘能力が低い。だから家畜食いなんてやってるんだろう。
しかし、勝っちゃったのはいいんだが、どうしたもんかこの男。
別にここに転がしてもいいんだが、またイチャモンつけられても鬱陶しい。実はこいつ、この前も来ていた。店に来て飯食っておきながらお代を払わなかった不届きもんだ。警察に突き出したいとこだが、あいにくとそんな親切な存在はこの郷には無い。ドラゴンの郷は全て強い者に従うようになってるからだ。もし当事者間で解決できないことがあったら強いヤツ――基本は郷を収めている古老に話を持っていく。ただ、こいつ相手にはそういうこともしづらい。
何故ならこのジャラジャラ男、古老の血族だ。
「っつつ……いってぇ……」
あ、ヤベ。悩んでるうちに起きた。
「ぐ……クソ、お前マジ許さねぇ、から、なぁ……オヤジに、言いつけてやる、ぜ……」
あ、無理。マジ無理この態度。
「いいぜ、言えよ」
「……は?」
「てかオレが言うわ。来いよ」
オレはふらふら立ち上がったジャラジャラ男の腕を掴んだ。え、え、と狼狽えた声がするが知らん。もう知らん。どうなっても知らんぞオレは。
「ちょ、待っ……おわーっ!!!?」
オレ、飛ぶ。ドラゴニュートは体の一部をドラゴン化できる。普段のオレはほぼほぼ全ての特徴を引っ込めている。で、いまは空を飛ぶために翼を出したってワケ。
ジャラジャラ男を抱えて空の旅。哀れ、ジャラジャラ男は体中のアクセサリーをほんとにジャラジャラ言わせつつ、悲鳴を上げてオレに連行された。
さて、そんなこんなで約一分ほどのフライト。空を飛ぶ速度、ドラゴンにもよるがオレは早い方。そんな移動速度に振り回された、ちょっと前まで真っ赤な顔をしてたとは思えないほど真っ青な顔をして地面にへたり込んでいた。
「うっ、オエェェ……てめ、っざけんなよ……」
「吐くなよジャラ男。お前の家の前だぞ」
「へぇ……?」
家と言っても、そこには家らしいものは無い。垂れ幕や旗で装飾された、洞窟の入り口がぽっかりと口を開けている。翻る旗の紋章を見てジャラジャラ男は震え上がった。
「お、おお、おい、待て、待てよ、なんでこんなとこ来てんだ……?」
「お前が言ったんだろが。今日のことはお前のご家族に報告してやる」
ヒッとマジもんの悲鳴が上がった。
「ま、待てよ、いや待ってくださいって……! んなことされたらオレ、マジヤベーことになるんすけど……!」
「知るかよ」
「す、すいませんした! マジすいません、謝りますんで親に言うのは勘弁してください!」
へたり込んだ体制から土下座に移行しやがった。が、オレの意思は鉄より硬かった。首根っこ、というか一番短いネックレスを掴んで引っ張る。
「ぐぇぇ……! ちょ……っ」
待てとすら言えないらしい、涙目になってるジャラジャラ男を引きずって洞窟の中に入る。……いや、入ろうとした。
が、その時。目の前にぬっと何者かが立った。オレは慌てて立ち止まる。
「……んー? あれ……マクーじゃあないか……」
そのドラゴニュートは、そう言うと大きなあくびを一つした。眠たげな緑の目は半分閉じられており、高い背は猫のように丸まっている。顔立ちは、どことなくジャラジャラ男――どうやらマクーというらしい――に口元が似ている、気がする。オレはこの人の顔を知らなかった。そもそも最近郷に越してきてまだ人の顔と名前が一致していないので、もしかしたら知ってはいるのかもしれないが。まあこの反応からしてマクーの家族だろう。
「こいつのご家族の方ですか?」
「そうだよー。ボク、アリア……アリスカレリア。マクシャライスのお姉ちゃん、です」
あ、女性だった。ダボっとしたローブと長い髪のせいで、体格も顔もほとんど見えないから、分からなかった。
「マクー、どうしたの。泣いているねぇ……」
「ななな、なんでもねーよ! ち、ちょっと、こいつに、家まで送らせただけ――」
「あれぇ、帰ってくることにしたんだ……家出したってパパから聞いたけど、ママはすぐ戻ってくるって言ってたんだぁ。アハハ、ママやっぱりよく分かってるねぇ……」
マクーはぐっと変な音を喉の奥で出して黙った。なんだ、家出少年だったのかこのクソガキは。
「このガキ、無銭飲食した挙句に、オレにケンカ吹っ掛けて来たんですよ」
無銭飲食という言葉が通じるかどうかはちょっと不安だ。ドラゴンに商売の概念はまだ浸透していない。……だが、どうやらアリアさんはどうやら、そこんとこは分かってくれていたようだ。
「ええ……ダメだよマクー。お店ではお金がいるんだよ。今度お姉ちゃんが連れて行ってあげるから……お勉強しようね……」
「べっ、別にそんぐらいのこと知ってっから!」
ガキ扱いされて恥ずかしかったのか、マクーの顔は再び真っ赤になっていた。だが、アリアの方も譲らない。顔から口調からも表情は読めないが、たぶん怒ってるんだろう。
「だーめ。パパもママも、マクーのしたこと知ったら怒るよ……ママは悲しむかなぁ。だから、ちゃんと社会勉強するの……」
アリアはむんずとマクーの頭を掴んだ。頭だよ。ヘッドロックだわ。こっわ。
「弟にはちゃんと言って聞かせますので……すみませんでした」
「あ、いえいえそんな、お姉さんが謝ることじゃあないですよ」
「いえー、身内の不始末ですから……あ、そうだ。お詫びと言ってはなんですけれど。隣国に、お店屋さんをやってた知り合いがいらっしゃるんです……その方に、あなたのお店をご紹介しときますねぇ」
思わぬ申し出に驚き、いえそんな、なんて言葉しか出てこなかった。
「弟がご迷惑をおかけしました……えっと、お名前は? それと、お店の名前も教えてくれますか……?」
「え、ああすみません! 名乗るのが遅くなりまして……オレ、グラミアミリヌス。グラミスって呼んでください。店の名前は『シャイン・ショック・ドゥ』です」
アリアさんはにっこりと笑って頷き、そしてその笑顔からは想像もできないような力でマクーを引きずって行った。
「それでは、失礼しますー」
「ひ、ヒィィィ……!」
アリアの声とマクーの悲鳴が、重なりながら洞窟の奥へと消えて行った。
「…………ふぅ」
オレはいつの間にか詰まっていた息を吐いた。やんわりした感じだったのに、なんか凄みのある姉ちゃんだった。マクーがちょっと可哀想になったが……でもまあ、自業自得だな。
……それにしても、お店屋さんをやっていた知り合いか。
あの姉ちゃん、いやお姉さんの知り合いだ。なんとなくだが、凄い人なんだろうな。
――なんて。
オレはちょっと、いやだいぶ期待していた。見ず知らずのドラゴンの紹介とはいえ、それがオレの行き詰った経営をどうにかしてくれるんじゃあないかと。
が……しかし。
一週間後。オレの前に現れたのは、
「やあ、お邪魔するよ。君が私のクライアントかい?」
なんて、大人っぽい口調とは結び付かない見た目の――子供だった。
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