第52話番外編4
近衛兵団団長である俺、ヤスペル・パロは、ほっぺたを引っ叩かれた。
「お嬢様を助けにも行かずに!秘密の通路を封鎖するだなんて!あなたは鬼か悪魔なのですか!」
イスヤラ嬢の専属侍女であるイリナは俺の頬をもう一度叩こうとして手を振り上げた為、後ろから俺の部下に羽交締めにされる。
「離して!離して頂戴!」
普段は淑女そのものだというのに、今は手がつけられないほど暴れまくるイリナの姿を見て、
「そりゃ、暴れたくなるのもわかるけど・・・」
と、呟きながら、先ほど火薬で塞いだ配膳室の秘密通路の方へと視線を送った。
「イスヤラ様とスーリヤ姫が居なくなった!」
という一報を受けた俺が王宮へと駆けつけると、王族が逃亡のために使う秘密の通路を使って二人が連れ去られたことが判明した後であり、
「こんなところに通路があったなんて・・・」
と、愕然とする王弟ミカエル様が、肩を落とした状態でその場に居た。
「申し訳ないのですが、すぐにもここは封鎖させて頂きます」
どうやらこの通路は王都にある神殿へと繋がっているようなので、ここから敵兵が侵入してくる事を考えたら、すぐにでも封鎖する必要があるのは間違いようのない事実。
王宮を内部から崩壊させるために兵を侵入させず、スーリヤ姫とイスヤラ嬢のみ誘拐しただけで撤退した敵の思惑がよくわからない。
よくわからなかったとしても、ここでこの通路をそのままの状態で放置する事は到底出来ないという事は、王弟であるミカエル様も十分に理解しているようだった。
「我々がこの通路を使って神殿に侵入し、誘拐された二人を解放するには、いかにも戦力が足りなさすぎる」
籠城して防衛する事に手一杯の状態の今、この通路を誘拐のみに利用された事は、こちらにとっては幸いだったと言えるだろう。
「おやめください!イスヤラ様を助け出せなくなってしまいます!」
「スーリヤ様をお助けください!私たちはどうなっても構いませんから!」
泣き叫ぶ侍女たちを尻目に爆破して、神殿と王宮をつなぐ通路はあっさりと封鎖された。
高位身分の二人の女性を、敵も今すぐどうにかしようとは考えないだろう。
すぐ近くまでアルヴァ王子率いる黒龍騎兵団がやって来ている事は分かっている事だから、今、無理をして敵地に侵入しなくても、きっとお二人を助け出す事が出来るに違いない。
今、この通路から敵が侵入してしまえば、すぐさま我が軍は瓦解する。
王宮が敵の手に落ちれば、王都を訪れた殿下が更なる苦難に見舞われることは間違いようのない事実。
「この人でなし!人でなし!」
激昂して散々叫んでいた侍女のイリナは、次の日の夜には申し訳なさそうに頭を下げながら、俺の前へとやってきた。
「あの場で秘密の通路を爆破するのは当たり前の事と言われ、イスヤラ様にお叱りを受ける事となりました。戦のこと等、何一つ知らない私が、余計な事を叫んで、場を混乱させた事を謝罪させてくださいませ」
イリナは公爵家に勤める上級侍女で、子爵家の3女だという事は話で聞いている。貴族女性が台所に立ち、包丁など持つのは恥だという固定観念がある中で、イスヤラ嬢と共に兵士向けの簡単に摂れる栄養価の高い食事を考案していたのも知っている。
主人を守るために、近衛兵相手でも構わずに激昂する大胆さと、己の非を認め、あっさりと平民出身の俺に頭を下げる潔さ。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした・・・」
涙を浮かべてこちらを見上げる、庇護欲をそそるイリナの顔を俺は見おろして、俺の胸の中の何か、重要な場所が撃ち抜かれたことに気がついた。
「いやいや、あの時、主人を思って怒りの声をあげるのは当たり前のこと。もしも、申し訳ないと思うのならば、一度、侍女殿が俺に夜飯でも奢ってくれればチャラになるし、俺は有難く思うのだが」
「夜ご飯でいいのですか?」
イリナはキラキラとした瞳を俺に向けると言い出した。
「お酒のアテが美味しい店があるのです、店主も王都から出ていないと聞いているので!ぜひ!落ち着いたら奢らせてください!」
イリナは酒が飲めるクチなんだろうな。
俺の中に、ようやっと楽しみな予定が一つだけ、加わる事となったわけだ。
「ヤスペル・パロ、子爵位叙爵、おめでとう」
戦勝パーティーに参加した元上司、グスタフ・アンドレセンは、俺とグラスを重ね合わせた後、豪快にワインを喉に流し込んだ。
「王城解放をアルヴァ王子に丸投げされた時にはどうしてやろうかと思ったが、お前が王城内に居て本当に助かった。近衛兵団が上位の貴族どもで揃えられていた時代であったなら、とっくの昔に城は落ちていただろうと思う」
アルヴァ王子の差配で、平民出の俺が近衛兵団の団長となり、平民の下に就く気はないと言ってあらかた辞めていってしまった為に、上位貴族の次男、三男で取り揃えられていた近衛兵団は、平民や貧乏貴族、下位貴族で取り揃えられる事となったのだった。
「近衛兵団こそ実力主義にしなければ王国は滅びることになる!」
これがアルヴァ王子の口癖となっていたのだが、本当に、実力主義で揃えていなかったら、城は簡単に敵の手の中に落ちていた事だろう。
助けに来た黒龍騎兵団は俺が元々、長く勤めていた兵団ではあるので、外と内から阿吽の呼吸で敵を陥れるのは簡単なこと。
半日で王城を囲んでいた敵兵は散り散りになって逃げていったが、城壁の門を閉ざした公爵家と王国軍で、謀反人はあらかた捕えることに成功した。
誘拐されたアルヴァ王子の婚約者とその妹を即座に助けに行かなかった俺は、絶対に咎めを受ける事となるだろうと思ったが、
「いや!あそこでアリサ・ハロネンが現れるとは思わないから!ヤスペルが無理に助けに行って洗脳を受けないで良かったよ!」
と、王子はこちらが肩透かしを喰うほどの朗らかさで言っていた。
アリサ・ハロネンが誰なのかは知らないが、会わないで良かったというのなら、会わないで良いという事なのだろう。
「ところでヤスペル、隣の美人を紹介してくれないのか?」
鬼とか熊とか言われる、強面の風貌の元上司は、俺がエスコートする美人が誰なのかわからなくて気になるらしい。
「来月には俺と結婚する事になっているイリナです」
「ということは、イスヤラ嬢の専属侍女として働いていた?」
「この度は、縁あってヤスペル様の元へ嫁ぐこととなりました。これからもよろしくお願い致します」
「な・・・に・・・・」
元上司と元部下となっても常に気にかけてくれた黒龍騎兵団の団長は、俺が晴れて独身から既婚者へとステップアップする事に気が付いて、
「お・・お・・お前が結婚・・・上司の俺を置いて結婚だと・・・・」
この世の終わりみたいな顔をして、俺とイリナを見下ろしている。
気さくなイリナは約束通り夕食を俺に奢ってくれたのだが、俺は彼女に愛を囁き、酒を大量に飲ませて、家への持ち帰りを果たしたわけだ。
イリナは子爵家の三女、俺は平民、イリナは身分など気にしないと言ってはいたが、俺は王城を守り続けたという事で、何かしらの褒賞は貰えるという話は聞いていた。
貴族身分についても説明を受けたが、惚れた女のために貴族身分の一つや二つ、面倒臭いが背負ったとしても、何ほどの事でもない。
そんな訳で、俺はイリナの両親の承諾も得て、結婚する事となったのだが、
「嘘だろ・・・いつまでも仲間だと思っていたのに・・・嘘だ・・嘘だ・・・・」
どうやら元上司は現実を受け入れられないらしい。
国を救った英雄といわれる黒龍騎兵団長であるグスタフ・アンドレセンは三十八歳と独身を謳歌しすぎた年齢となっているが、強面を克服して英雄の伴侶になってやろうと狙っている貴族の令嬢はかなりの数に登るという話を聞いている。
「団長!こんなところにいたんですか!」
近衛兵団に引き抜かれた俺の代わりに副団長となった、ミレイヤ・カナルスバルスキは、戦勝パーティだっていうのに、ドレスも着ずに騎士服のままで、
「陛下が団長をお探しでしたよ?ほっつき歩くのはいいですけど、手間取らせないでください!」
と、怒りの声をあげた。
ミレイヤは二十八歳の女騎士であり『黒龍の悪魔』と呼ばれる猛者でもある。
今回の戦いでは大きな戦果を挙げているので、貴族が大分減った王国では褒美も選び放題だといえる。
「おい!ミレイヤ!」
俺は自分の元部下を呼び止めると、
「団長は俺に置いていかれたと嘆いているようだからな、押し倒すなら今日がチャンスだぞ」
と、耳元に囁いた。
「なっ・・なっ・・・なっ・・・なっ・・・・」
ミレイヤは耳まで真っ赤になるので、
「飲ませろ、戦勝記念だと言って飲ませ続けろ、そして共寝をすればお前の勝利だ。酔っ払って何かが起きなかったとしても、お前が勝利を掴むことになる」
と、更に助言を加えると、
「酒を飲ませればいいんですね!」
目をギラギラさせながら、ミレイヤは俺の方を見た。
「俺も酒を飲ませて妻をゲット出来たんだ、お前だって出来る!」
「やってやりますよ!副隊長!」
さっと敬礼をすると、ミレイヤは貴族令嬢達にキャアキャア言われながら走り出した。
舞踏会場で走るのは・・どうかと思うが、服装が騎士服だからいいって事なのだろう。
「大事な後輩を煽っていたみたいだけど、本当に大丈夫なの?」
「さあ、知らない」
俺はそう答えながら、イリナの柔らかい腰を引き寄せた。
グスタフ団長はザルだ、そして副団長のミレイヤは下戸だ。
そんな二人が酒を飲んだらどうなるかなんて事はわからないが、一ヶ月後の俺の結婚式で二人が揃って現れたのを見て、全ては丸くおさまったのだなと判断する事にした。
そのギロチンは何回目? もちづき 裕 @MOCHIYU
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