第二十話 王国の騎士

「父上の……仰せの通りでした……」

「そうか。シュタイナーが……」


「結局僕はリレイア嬢を救えませんでした。そればかりかシュタイナー殿を死なせてしまい……」


 アルフィーは領主邸に戻った後、ローランベルク領都邸で起こったことを父である優弥に報告した。シュタイナーの妻にはまだ会っていない。彼の死をどう告げればいいのか悩んでいたからだ。


 だが、それを察した父が無表情のまま言う。


「子が産まれたぞ」

「え……?」


「男の子だそうだ」

「まさか……」


「産まれたばかりだからな。母親の体調を考えて、知らせるのは二、三日待った方がよかろう。それまでどう伝えるのか考えておくことだ」


 本当ならその日のうちに帰ってくるはずの夫が戻らないことを夫人は心配していたようだが、アルフィーの公務が少し長引いているということにした。むろんその間彼が夫人の前に姿を現すことは出来ない。


 だが、いたずらに先延ばしにしても問題が消えてなくなることはないのだ。アルフィーはシュタイナーの子が産まれてからきっちり三日後、夫人の許を訪れた。


 隣に赤子を寝かせてベッドから出ようとする彼女を制し、傍らにメイリンだけを控えさせて彼は告げた。


「シュタイナー殿が……亡くなりました」

「えっと……はい?」


「申し訳ありません。僕を庇ってシュタイナー殿が胸を突かれ……」

「な、何かの間違いです……よね? いくらご領主様でもそのご冗談は笑えま……ほ、本当なのですか?」


 悔しそうに歯を食いしばるアルフィーを見た夫人の中で、夫の死が現実のものとなっていく。


 元々シュタイナーはイルドア島の兵士だった。だからいつ死んでもおかしくないと、その心構えは出来ているつもりでいた。それでもイルドネシア王国の敗戦後はジルポール領主の剣術指南役に抜擢され、命のかかった戦いとは無縁と言える職に就くことが出来たのだ。


 ところが少し前、彼は領主の騎士になれると喜び勇んで告げてきた。ただの剣術指南役からの大出世である。給金は大幅にアップし、一般的な騎士とは違い名誉職のようなものではあるものの、準貴族と同格の身分が与えられるのだ。


 だがそれだけに責任も重くなる。これからは領主を護る盾となり鉾とならねばならないと、彼は頬を紅潮させて熱く語っていた。


 その数日後、夫が腕に怪我を負って帰ってくる。実際には肝が冷えたが、妻として主を護れたことを自慢する夫に水を差すわけにはいかない。肝っ玉が据わっているように、強がって見せるしかなかった。


 あの三角巾で吊られた腕を思い出すと、今でも涙が溢れそうになる。しかしそのお陰で安全な領主邸に部屋を与えられ、邸の医師に出産を担当してもらえることにもなった。


 紛れもなく夫が挙げた功績である。自分には何も出来ない、違う、自分がやるべきことは元気な赤ちゃんを産むことだ。それが彼に対する何よりの報いになる。そう信じて出産の痛みに耐え、医師からは母子共に健康というお墨付きがもらえた。


 それなのに、相貌そうぼうを崩して赤子が泣くほどに大声を張り上げ抱き上げる姿を想像していたのに、その夫が帰ってこないなんて。これから消息の知れない親族に代わり、親子三人で幸せになるんだと楽しみにしていたというのに。


「夫は……?」


「最後にお顔を見て頂いてからこの敷地内に埋葬します。僕を身を挺して護りきった騎士として、その名と功績を墓標に刻ませて頂きます」

「そうですか……」

「奥様!」


 突然アルフィーがその場で土下座した。これには夫人ばかりでなくメイリンも驚いて息を呑む。だがすぐに彼女も続いて土下座した。


「奥様、このようなことになって本当に申し訳ありません!」

「奥様、私もあの場におりましたのに動けませんでした。殿下をお護り下さったシュタイナー様と奥様にはお詫びしてもお詫びしきれるものではございません」


「そんな、ご領主様もメイリン様も、頭をお上げ下さい」

「本当に……本当に申し訳……ありません……」


「なにをしている?」


 そこに突然男性が一人入ってきた。


「あの……どちら様……?」

「ち、父上!」


「お父上……!? ま、まさか……」


 やってきたのがアルフィーの父親、つまりハセミガルドの王と知って夫人が慌ててベッドから出ようとする。それを優弥は手で制してから息子に向き直った。


「王国の王太子が簡単に土下座などするものではないぞ」

「ですが父上、これは簡単なことでは……」


「場をわきまえよと申しておるのだ。相手は平民、お前に土下座などされて困っておるのが分からんのか?」

「はっ! そ、それは……」


「立て。メイリンもだ」

「「はい」」


「奥方よ、其方そなたの夫、シュタイナーがの息子を護ってくれたこと、改めて礼を言おう。そして此度こたびのことは心よりお悔やみ申し上げる」

「そんな……もったいない!」


「アルフィーよ、この後の埋葬時にシュタイナーをお前の騎士に叙任するのだったな」

「はい、父上」


「騎士に叙任? 夫はすでに亡くなってしまったのにですか?」

「もちろんです。約束ですから」


「あ、ありがとうございます!」

「だがそれでは足らんな」

「父上?」


「シュタイナーは我が国の王太子を護ったのだ。これは非常に大きな功績である。よってシュタイナーを王国の騎士に任命する」


「それは……あの、こ、国王陛下にご無礼を承知で申し上げます」

「聞こう」


「夫はご領主様の騎士になれることを本当に喜んでおりました。ですから王国の騎士には……」


「奥様、お館様……陛下のお言葉に異を唱えるのは」

「も、もも、申し訳ございません!」


「構わん。それに案ずることはない。其方の夫が息子の騎士となることは変わらん。その上で王国の騎士に任ずると申しておるのだからな」

「陛下……」


「だが手続きの関係上、埋葬時に叙任するには時間が足らぬ。よって後ほど叙任証書を届けさせることになるが、それでよいか?」


「も、もったいない! ありがとうございます!」

「邪魔をしたな」


 三人が頭を下げると、優弥は部屋を出ていった。その後しばらくの沈黙が訪れたが、やがて夫人がぽつりと呟く。


「夫は確かに、ご領主様をお護り出来たのですね」

「それは間違いありません」


「実を言いますと今はまだ夫が亡くなったという実感が湧きません。ですがきっとこの先に大きな悲しみが押し寄せてくるのだと思います」

「申し訳……」


「勘違いなさらないで下さい。責めているわけではないのです。ただ、その悲しみに耐えるために、夫とのもう一つの約束を果たして頂けませんでしょうか?」

「もう一つの約束、ですか?」


「この子に……この子に名前を付けて下さるというお約束です」


 夫人はそれが夫の生きた証になるという。そしてアルフィーはすでに、その名を考えてあった。


「シュタイン、と」

「シュタイン!」

「もし奥様がよろしければ、ですが」


「シュタイン……シュタイン、貴方の名よシュタイン。ご領主様が付けて下さったのよ」


 思わず夫人が我が子に語りかけると、赤子はうっすらと目を開けた。それを見た彼女は小さな体をそっと抱き上げ、アルフィーに顔を向けさせる。


「はじめまして、シュタイン。ハセミガルド王国王太子のアルフィー・ジルポール・ハセミです」

「ご領主様?」


「実はこれもシュタイナー殿との約束だったんです。お子さんが産まれたら、ハセミガルド王国王太子としてお会いする、と」


 それからしばらくの間、部屋では夫人の嗚咽が続くのだった。



――あとがき――

第二部はいったん次話で完結とさせて頂きます。

間もなく始まるカクヨムコンに向けて新作を書こうと思いまして。

第三部は今のところ書くかどうかは分かりません。

書くとしても来年、カクヨムコンが終わってからになると思います。

ひとまずここまでお読み頂き、ありがとうございました。残りあと一話ですが、よろしくお願い致します。

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