第十九話 悲劇の斬首
「ご領主様、お覚悟!」
「坊ちゃん! ふぐっ!」
振り向いたリレイアの手には懐剣が握られており、それをアルフィーに向けて突き出してきたのである。この異変に気づいたシュタイナーがとっさに体を割り込ませたお陰で主の危機は脱したが、代わりに懐剣は吊った腕の少し上から彼の胸に深く刺さってしまったのだ。
「シュ……シュタイナー殿!?」
すぐさまメイリンがリレイアを取り押さえ、彼女は抵抗することなくうつ伏せに倒されていた。だが同時に膝から崩れ落ちたシュタイナーから血の海が広がっていく。慌ててアルフィーが彼の頭を抱きかかえた。
「シュタイナー殿! シュタイナー殿!」
「坊……ちゃん……怪我ぁねえ……ですかい?」
「シュタイナー殿! 僕は大丈夫です! しっかりして下さい! シュタイナー殿!」
「ははは……こりゃしくじっ……ちまった……」
「ステラ! ワクルー! すぐに父上に申し上げて魔王陛下を!」
「坊ちゃん……」
「シュタイナー殿! シュタイナー殿!!」
「坊ちゃん……妻を……妻と子供をたの……頼んます」
「シュタイナー殿! ダメです! まだ逝ってはダメです! お子さんが産まれるんでしょ! お子さんに会わずに……逝っては……ダメ……」
抱えた頭が急に重さを増した。それでも何度も繰り返し名前を呼んだが、ついに彼が目を開くことはなかった。すがる思いでメイリンを見たが、彼女は目を閉じて小さく首を左右に振るだけだった。
「そんな……シュタイナー殿……」
「殿下、申し訳ございません。まさかこんなことになるとは……」
「メイリンさん……リレイア嬢……」
「……」
「このシュタイナー殿には間もなくお子さんが産まれる予定なんです……」
「……」
「なのに貴女はどうして……」
「ご領主様……いえ、アルフィー王太子! 私の目の前で殺されたのは肉親、お父様とお母様です! その恨み、お分かりになりますか!?」
「リレイア嬢……?」
「私が殺したかったのはそこの騎士見習いではありません! アルフィー王太子、貴方です!」
「ではここに来た時から僕の命を狙っていたと?」
「正直、迷っておりましたわ。一族が私を除いて皆殺しにされたのは、元はと言えばお父様が謀反を企てたからですもの」
「でも、その元凶は戦争を始めたイルドネシア王国だと、リレイア嬢も言っていたではありませんか」
「ではお尋ねいたします。国王としての父親と家族としての父親。貴方にとってどちらが大切ですか?」
「それは……」
「謀反は伯爵としてのお父様。ですがそのお父様は私にとってかけがえのない家族なのです! 家族が目の前で首を刎ねられる……幼い頃から可愛がって下さった親族が、笑い合った使用人たちが、珍しい物をたくさん見せて下さった商人が……」
未だメイリンに押さえつけられたままのリレイアの瞳からは涙が溢れていた。
「使用人や商人が殺されるところは目にしておりませんが、彼らも無残に殺されたのでしょう? 何の罪もありませんでしたのに……」
「それが法というものです」
「ですがその法とやらに従わず貴方は私を殺さなかった」
「……」
「騎士見習いを刺してしまったのは不本意でしたし、お子さんが産まれるとお聞きした今は気の毒にも思います。ですが、それもこれも貴方が引き起こしたことです。あの時私も殺しておけば、このようなことにはならなかった。違いますか!?」
「確かに父上の仰った通りでした。法に従わなかったしっぺ返しは何も自分に返ってくるとは限らないと」
「陛下のお考えは王侯貴族は連帯責任と仰られましたわね。でも私たちは……ローランベルク家は戦争になど加担していなかったはずですし、敗戦の報を受けた時のお父様の顔は寝耳に水という感じでした」
「だから父上の戦後処理は間違いだったと?」
「先ほども申しました通り、戦後の敗戦国がどのように扱われるのか私は詳しく存じ上げません。おそらくは戦勝国の法に則るのでしょう」
「そうですね。我がハセミガルド王国はアスレア帝国の属国ですから、帝国法と重なる部分は多いと思いますが」
「その法を貴方は曲げた。曲げることが出来たのです。ならば謀反を企てたお父様ご本人は仕方がないとしても、他の人たちを救うことだって出来たはずではありませんか?」
「僕が父上から救うのを許されたのは、リレイア嬢一人だけだったのです」
「ではやはり騎士見習いが死んだのはお父上、陛下のせいということになりますわね」
「それは違います!」
「何が違うのですか?」
「父上は……陛下は国が軍隊を持つことを禁止してます。このジルポール領は
「でしたら私の一族も罪のない国民だったのではありませんか?」
「陛下は領地を召し上げても王族以外、処刑はしなかったはずです」
「それは……」
「謀反は反逆罪。反逆罪は大罪です。何故なら
「き、詭弁です!」
「それでも僕は貴女に生きていてほしかった……」
「ご自分の身勝手な思いからですわよね」
「ええ、間違いありません。ですがもう一つ理由があります。それこそが、父上が貴女一人だけを生かすことを許された理由なのです」
「私が生かされたもう一つの理由?」
「貴女に一族と縁者の弔いをさせたかった。我々では出来ませんから……」
「は、はい?」
「父上は謀反を企てたローランベルク伯爵でさえ、哀れに思われているのですよ。ですがハセミガルド王家の者が謀反人を表立って弔うわけにはいきません」
「まさかワタクシにその役目を……?」
「こうなってしまって残念です。僕はもうシュタイナー殿を死なせた貴女を見過ごすことが出来ない」
「……」
「メイリンさん、反逆罪でリレイア嬢の首を刎ねます……」
「はい……」
アルフィーが腰から剣を抜くと、メイリンは背後から首を突き出す体勢でリレイアを座らせる。
「仕方ありませんわね」
「リレイア嬢、最期に聞かせて下さい。先ほどの涙は偽りだったのですか?」
「それは……お答えする必要はございませんわ」
アルフィーはせめて彼女が苦しまないよう一撃で終わらせるため、
ところで何故軟禁されていた彼女が懐剣を隠し持つことが出来たのか。それはここがローランベルク家の領都邸であり、隠す場所はいくらでもあったからだった。
実際この後の捜索で、他にもいくつかの武器が隠されていたことが判明する。当然それらを見落としたステラとワクルーは、気の毒なことにロッティから厳しい叱責を受けることになってしまった。
「これでもう、本当に約束は果たせなくなってしまいました……」
「殿下……」
領主邸ではシュタイナーの妻が産気づくのだった。
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