第十八話 リレイアの想い

 ローランベルク伯爵家の一族郎党が処刑されてから数日後、アルフィーはリレイアが軟禁されている旧ローランベルク領都邸を訪れた。傍らには腕を吊ったシュタイナーが寄り添っている。


 現在この領都邸にはリレイアの他に、彼女を監視するステラとワクルーの二人しかいない。自害を防ぐだけならそれで十分だったし、食事の世話くらいは二人でも出来る。もっとも彼女に与えられるのは、伯爵家とは似ても似つかない平民でも中の下程度の質素なメニューであった。


 また、仮にリレイアがアルフィーに恨みを抱いていたとしても、彼女には彼を傷つける能力などない。加えて彼のステータス、特にDEF防御力は成人男性のおよそ十七倍である。故にメイリンは一歩引いた位置につき、護衛をシュタイナーに任せたというわけだ。


 四人はひとまず応接室に向かい、ローテーブルを挟んでアルフィーとリレイアが向かい合って座った。それを見てシュタイナーが彼の隣に腰かけ、メイリンは背後に立つ。ステラとワクルーは部屋の外で待機していた。


「リレイア嬢、住まいの用意が整いました。この後そちらに移って頂きます」

「そうですか……」


「ローランベルク家の密偵がどこかに潜んでいる可能性がありますので監視は続きますが、基本的には自由です。僕ももう訪ねていくことはありせん」

「……」


「それと通いで家政婦がお世話します。成人するまでは領が援助をしますが、出来るだけ早く生活の基盤を整えて下さい」

「働け、ということですのね」


「先日の裁定で貴女に同情する民もおります。不本意でしょうが彼らを頼るのも生きる術の一つかと。お望みならリストをお渡ししますよ」

「貴族のプライド、などと言っておられませんわね。そもそもワタクシは平民に身分を落とされたわけですし、お願い致しますわ」


 そう言うとリレイアは寂しそうな表情で虚空を見上げた。ステラとワクルーからの報告では、あの日以降ずっとこんな調子なのだそうだ。何をするわけでもなく、食事もほとんど摂らないという。


 だがふと、彼女は思いついたようにアルフィーに視線を向けた。


「ご領主様、あの時貴方様はワタクシを生かすことをご自分の身勝手だと仰いました」

「ええ、言いましたね」


「本当の理由をお聞かせ願えませんか?」

「本当も何も僕は……」


「生かされたワタクシが生活に困らないように、少しでも領民の悪感情を取り除くため、ではありませんでしたか?」

「……」


「自分で言うのも恥ずかしいのですけど、ワタクシの容姿が殿方に好かれるのは承知しております。ですがこんなことになってしまった以上、ご領主様にお仕えすることは叶いません」

「そうですね」


「そしてこうも仰いました。慰み者にするつもりもないと」

「ええ。本当です」


「でしたら何故……ワタクシにはどうしても腑に落ちませんの」


 傍らのシュタイナーも、背後に控えるメイリンも何も言おうとしなかった。リレイアの質問に答える義務はない。それに仮に表向きだったとしても、すでに身勝手からだと答えているのだ。


 だが、アルフィーは力ない笑みを浮かべると真実を語り始めた。


「以前、リレイア嬢が言いました」

「ワタクシが? 何をです?」


「僕が成人して父上からドラゴンの鱗とプレートを頂いたら、それを見せてほしいと」

「確かに申し上げましたわね」


「約束だと、二度も言われたのは覚えてますか?」

「い、言いましたかしら」


「はい。僕は……僕はその約束を守りたいと……守れる時がくればいいと……」


「まさかそれでワタクシを……?」

「ね、身勝手でしょ?」


 アルフィーの目から涙が溢れた。普通に考えればそんな約束は果たせるわけがない。だが、彼女が生きてさえいれば、例えば忍びで訪ねて見せることだって出来るかも知れないのだ。


 そして彼女の瞳にも、涙が浮かんでいた。


「ワタクシ、本当はアルフィー様に嫁ぎたいと思っておりましたの」

「え?」


「もちろん、敗戦国の伯爵令嬢ごときが王太子殿下に嫁ぐなど難しいとは分かっておりました」

「そんなことは……」


「でも、側室にでもなれれば少しは家のためになるかも知れないと……ワタクシも身勝手ですのよ」


「あはは。僕は父上の影響を受けてましてね」

「お父上……陛下のですか?」


「ええ。どうやら女性が大好きなようで、リレイア嬢にもドキドキしてました」

「まあ! まるで他人事みたいに」


 彼女の瞳にはまだ涙が残っていたが、思わぬ告白にその笑顔は柔らかかった。だが、すぐに二人とも目を伏せる。


「何故セルビオ伯爵は謀反を企てたのでしょう」


「今となっては想像しか出来ませんが、ローランベルク家は領地の半分を召し上げられました」

「そうですね」


「父はそのことにひどくお怒りだったように思います」

「なるほど」


「ワタクシは政治のことはよく分かりませんが、戦争に負ければ降爵や領地の召し上げは当然のことですの?」


「降爵はその通りですね。領地に関しては下級貴族や狭い領地しか持たないところからは取りません。ローランベルク家の領地は広大だったと聞きますから力を削ぐためでしょう」

「反逆する意図などはなかったと思うのですが」


「王侯貴族は連帯責任、というのが父上のお考えのようです。ただ領地の税収が下がる分、何かしらの優遇はあったと思いますよ」


「そうなんですの? 知りませんでしたわ」

「父上はそういう方ですから」


「元を正せば全て戦争を引き起こしたイルドネシア王国が悪いのですね」

「父上を恨まないのですか?」

「分かりません。ですが……」


「こんなことさえなければ……」

「ええ……こんなことさえなければ……」


「長く居すぎました。そろそろ新しい住まいにご案内しましょうか」

「はい。これで最後ですわね」

「そうですね……」


 二人が同時に立ち上がると、そのままシュタイナーがアルフィーの隣に、メイリンが背後についた。そしてリレイアが扉の前で立ち止まり、くるっとアルフィーの方を向く。


「ご領主様……」

「今後はもう名前で呼んでは頂けないのですね」


「先ほどは失礼致しました」

「いえ、構いません」


「それともう一つ、失礼を申し上げねばなりません」

「はい?」


 一瞬だった。メイリンは彼の背後にいたため、異変に気づけたのはシュタイナーただ一人だけだった。

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