第十六話 法の重さ

「シュタイナー殿!」

「坊ちゃん、面目ねえ」


 シュタイナーは領主を守った功績により、領主邸内に居室を与えられ治療を受けていた。むろん臨月の妻も一緒で、出産も邸の医師が担当することになったのである。


 彼はあの時、右腕に護衛兵の剣を受けていた。しかしいなしたつもりが運悪く、前腕と太腿に切っ先が届いてしまったのである。足は大した怪我ではなかったが腕の方は骨にヒビも入っており、しばらく剣を握ることは出来ないだろう。


 三角巾で吊られた腕は痛々しく、それでも命に別状がなかったのは不幸中の幸いだった。


「結局貴方に怪我を負わせてしまいました」

「なーに、コイツはむしろ坊ちゃんをお守りした名誉の負傷だって喜んでるくらいですから」


「そうですよ、ご領主様。お陰でこんないい環境で子供を産ませて頂けるんですし」

「奥様、本当に申し訳ありません」


「あっはっは! それより怪我してお勤め出来ないことを叱ってやって下さいな」

「いえ、それは……」


「何か夫とお話があるんですよね? 私、少しお邸の中を見て回ってきてもよろしいですか?」

「お体は……」


「ふふ。妊娠は病気ではありませんよ。それに少しは運動した方がいいと聞きましたし、もし産気づいてもここなら必ずどなたかがいらっしゃいますから」


「そうですね。扉の前に衛兵がいる部屋には入れませんが、それ以外のところは僕の許可があると言って下さって構いません」

「ありがとうございます。ではごゆっくり」


 夫人は重そうにお腹を抱えながら、軽く会釈して部屋を出ていった。それを見てアルフィーが真顔になる。


「シュタイナー殿、ご相談が……」

「何でしょう?」


「今回のことはローランベルク伯爵家の謀反です」

「ええ、そうですね」


「謀反は反逆罪。一族郎党死罪となります」

「知ってやす」


「ですが……貴方にこんなことを言うのは申し訳ないのですが、リレイア嬢だけは救いたいのです」

「ああ、可愛らしいお嬢さんでしたもんねえ」


「いえ、それもそうなのですが、彼女は知らなかったのです」

「謀反の計画を、ですか?」

「はい」


「俺もあまり詳しくは知りやせんがね。一族郎党ってのは伯爵家一族はもちろん、縁者から使用人やその家族、出入りの商人まで含まれるんでしょう?」

「ええ、関係者全てです」


「なのにご令嬢をお助けになるのはまずいんじゃねえですか?」

「分かってます。それでも僕は……」


「ま、俺は何があっても坊ちゃんをお守りするだけですからね。坊ちゃんのしたいようになさるがいいでしょう」

「よろしいのですか?」


「いいも悪いも、俺はあのご令嬢に何かされたわけじゃありやせんし」

「そうですか」


「ただ……」

「ただ?」

「坊ちゃんのお父上、国王陛下が何と言われるかですね」


「父上がダメだと仰せになれば叶いませんが、お願いはしてみるつもりです」


「なら応援……は陛下に逆らうことになるかも知れねえから出来ねえですけど、坊ちゃんの願いが叶うといいですね」

「ありがとうございます」


 アルフィーが部屋を出るのと入れ替わりに、妻が部屋に戻ってくるのだった。



◆◇◆◇



「お館様、首謀者のセルビオ・ビスターチ・ローランベルク伯爵を捕らえました。目的はアルフィー殿下の暗殺だったようです」

「そうか」


 バーベキュー会が悲劇の場と化した後、イズナ配下のベラ、シア、レイラの三人が伯爵領都邸に乗り込んだ。そこで身を潜めていたセルビオ伯爵を捕らえたのである。


 ローランベルク伯爵家の護衛兵が突然牙を剥いたのは、邸の周囲に潜んでいたアルフィーの暗殺部隊三人がやられたためだった。


 護衛兵は任務に失敗して全員自害したが、捕らえた伯爵を拷問し自白させたことで、アルフィー暗殺計画が明らかとなったのである。


 同時にローランベルク家が謀反を起こしたのも明白となり、ロゼーロ子爵に目を向けさせたのは伯爵家に仕える密偵の仕業だったと判明した。


 ただし、あの場にいた令嬢のリレイアや付き人、料理人その他の使用人はこの企てを知らされていなかったようだ。


「アルフィー、分かっているだろうが……」


「反逆罪でローランベルク伯爵家は取り潰し。一族郎党は死罪、ですね」

「裁定はこの父に任せるか?」


「父上、お願いがございます」

「何だ?」


「リレイア嬢は何も知らなかったのです。彼女はまだ十二歳、目こぼしは許されませんでしょうか……」

「法を曲げるのは……」


「いつか思わぬしっぺ返しを食らうかも知れない、ですよね。分かってます。分かってますが、それでも僕は彼女を死なせたくない!」


 アルフィーの目からは、単に色恋沙汰に苛まれているわけではないことは十分に伝わっていた。しかしたとえ知らなかったことだとしても、婚約者でもない令嬢を無罪とするのは非常に危険である。領民からも貴族贔屓びいきと非難されるのは間違いないだろう。


「そうか。だが救うなら令嬢一人のみだ。使用人などの関係者は……」

「法に従います」


「恨まれるぞ」

「仕方ありません」


「誰に恨まれるかは分かっているのか?」

「リレイア嬢です」


 裁定には当然彼女も同席しなければならない。そこで一族は元より縁者全てに死罪が言い渡されるのだ。自分一人が死罪を免れたからといって、感謝されることはまずないだろう。


 残るのは肉親やそれまで親しくしていた者たちを殺される恨みのみなのである。


「それが分かっていても彼女を救いたいのだな?」

「はい」


「ならば好きにするがよい。裁定はお前に任せよう」

「よ、よろしいのですか!?」


「だが忘れるなよ。しっぺ返しは何も自分に返ってくるとは限らんぞ」

「肝に銘じておきます」


 それでも何年か先にはリレイアにも幸せになってほしいと思うばかりだった。伯爵家の財産全てと令嬢の地位を失うのだから、生きていくのさえままならないかも知れない。だが、そのための援助なら出来る。


 彼はいつかあの時交わした、ドラゴンの鱗とプレートを見たいと目を輝かせていた彼女との約束を、果たせる時が来るのを願わずにはいられなかった。

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