第十五話 背後の敵

――まえがき――

毒見のシーンは描写不要としてわざと外してあります。しなかったわけではありません。

▼▽以下本編▼▽



 ローランベルク伯爵家の領都邸にはその日、令嬢リレイアと主賓として招かれたアルフィー王子の他、先日の茶会に来ていた六人の令息令嬢が一堂に会していた。時刻は陽が落ちた十八時。


 今回は優雅な茶会ではなくアクティブなバーベキュー会ということで、普段着がドレスコードとなっている。とはいえそこは貴族、例外なく高価と分かる装いだった。故に皆、アルフィーの提案でエプロンを着けていた。


 パーティーの中には立食形式もあるから、子供とはいえ立ったまま皿を片手に料理を楽しむことに慣れているのは間違いない。ただし油がはねたり汁が飛んだりという状況は稀なはずである。そのためエプロンが必要だったというわけだ。


 なおメイド服姿の付き人の人数は前回と同様、アルフィーを除いて各一名ずつだったが、それぞれにワゴンが用意されていた。これは切り分けられた食材や食器などを置くのに使われる。


 料理の下ごしらえをするのは主にローランベルク家の数人の料理人だった。あらかじめアルフィーからバーベキューの作法(?)を習い、一見大ざっぱに見えて実は洗練された処理は、さすがに元侯爵家の料理人である。


 大きさや形は揃ってない方が楽しいし美味しく感じられるというアドバイスに従い、その辺りもきっちりと反映されていた。


 また、アルフィーにシュタイナーという護衛が付くとあって、ローランベルク家からも七人の護衛兵が周囲の警戒に当たっている。彼らはリレイアとアルフィー以外の六人の背後を守るような配置についていた。


 バーベキューコンロではすでに炭が赤くなっており、準備が整ったのを見計らって主催者であるリレイアが挨拶を始める。


「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。いつもと違って今回は夕餉の時刻にばーべきゅー会を開かせて頂くことになりました。お時間の許す限り楽しんで参りましょう」


 食材はローランベルク家はもちろん、各家から様々な肉や魚、野菜や果物などが持ち寄られていた。それらが下処理の後、ワゴンに運ばれてくる。


「ではアルフィー様、一言お願い致します」


「分かりました。今回は特に付き人や使用人の方にも食事を楽しんで頂きたいと思ってます。バーベキューは大勢でやった方が美味しいですから。ローランベルク家にも了承頂いておりますので、遠慮せずにたくさん食べて下さいね」


「それでは始めましょう。網の上に食材を乗せればよろしいですのよね?」

「はい!」


 コンロは二台。その内の一つの網にアルフィーが、手本とばかりに手近にあった肉や野菜を乗せていく。肉の焼ける音が弾け、脂が滴る様は皆の食欲を掻き立てるのに十分だった。


 彼にならい、リレイアを始めとする子供たちが見よう見まねで食材を置いていく。するとたちまち辺りに香ばしい香りが立ちこめ、時折上がる小さな火柱に大人たちまでもが歓声を上げた。


 それらがほどよく焼き上がった頃、肉と野菜が八つの皿に取り分けられる。


「最初ですから、まずは皆で頂きましょう」

「アルフィー様、ありがとう存じますわ。それでは皆さん、お皿を持たれましたわね?」


 いくら貴族とはいっても育ち盛りの子供なのだ。早く口に入れたいという欲望を、誰一人として隠せていなかった。


「それでは皆さん、ご一緒に!」

「お、美味しい!」

「うま……美味です!」


「使用人の方々も、自分でどんどん焼いて食べて下さい!」


「ほふっ! ほふっ!」

「あ! それ僕の!」

「わ、私のです!」


「あ、甘い甘い甘い!」


 使用人の一人が果物から先にいったようで、その甘さに驚いていた。それを見た女性たちがコンロ一台を果物で埋め尽くしてしまう。


 そしてバーベキュー会もたけなわ、付き人や使用人も含めて皆が楽しんでいた時だった。突然金属音が鳴り響いたのである。それはメイリンの放った苦無くないがアルフィーを狙った手裏剣を撃ち落とした音だった。


「坊ちゃん! 俺の後ろに隠れて下せえ!」


 シュタイナーが剣を抜くと、ローランベルク家の護衛兵たちも一斉に剣を抜き、それぞれの子供たちを背後に庇って立った。


「何事ですの!?」

「きゃーっ!」


 リレイア以外の六人の付き人が、各々の令息令嬢に抱きついて身を伏せる。すると今度は反対側、つまりアルフィーの背後から手裏剣が飛んできた。それをステラが手にした苦無で弾く。


「リレイア嬢! 他の方々も僕から離れて伏せて下さい! 賊の狙いは僕です!」


「貴方たち、殿下をお守りして!」

「「「「「「はっ!!」」」」」」


 アルフィーが振り向いてシュタイナーに背を預ける形で参加者に向けて声を上げると、リレイアが即座に護衛兵たちに命じた。それを聞いた彼女についていた以外の護衛兵六人が、アルフィーを守ろうと一斉に駆け寄ってくる。


 アルフィーの正面をステラ、右をメイリン、左をワクルー、背後をシュタイナーで囲み、その周りにローランベルクの護衛兵たちが散っている状態だ。


「メイリンさん、賊は!?」

「かなりの手練れのようです。殺気を追えません」


「ぐわーっ!」


 だがその時、アルフィーのはるか前方で男の悲鳴が聞こえた。直後、正面から黒い忍びの装束に身を包んだイズナが現れる。


「イズナさん!」

「殿下、申し訳ございません。生かして捕らえることが出来ませんでした」


「構いません。配下の方たちは?」

「潜んでいる敵を捜索しております」


「相手が何者かは分かりましたか?」

「申し訳ございません。分かっておりません」


「分かりました。リレイア嬢と他の方たちを安全な場所に避難させて頂けますか?」

「承知致しました」


 そこで再び男の悲鳴が二つ聞こえ、イズナ配下のエスメとデイジーが同様に正面から黒装束で現れた。だが、二人ともやはり賊を生かして捕らえることは出来なかったようだ。


 そして、それはメイリンとワクルーがイズナたちに目を向けた一瞬の出来事だった。


「坊ちゃん! 下がって下せえ!」


 突然シュタイナーの声と共に背後で剣を合わせる金属音が響き、アルフィーは問答無用で彼に突き飛ばされた。見ると護衛兵六人が斬りかかってきていたのである。


 だが次の瞬間、彼らはメイリンやイズナたちが放った苦無を腕に受け、全員が剣を落としていた。それと同時にシュタイナーも剣を転がせて膝をつく。


「シュタイナー殿!?」

「坊ちゃん……ご無事ですかい?」

「シュタイナー殿! シュタイナー殿!」


「あ、貴方たち、何をしてますの!?」


 リレイアが真っ青になりながら叫ぶと、護衛兵たちは全員落とした剣を拾って自らの喉を突いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る