第十四話 騎士見習い

「ロゼーロ子爵が白だっただと!?」


 ジルポール領主邸の執務室で、イズナの報告に優弥は驚いて声を荒げてしまった。これまで庭番衆からの情報で完全に間違っていたことなどなかったからである。


 ただ、そうなるとこれは由々しき事態と考えなければならない。優秀な庭番衆の目を欺いたのだから、敵は相当な手練れと覚悟する必要があるだろう。


 そして偽の情報をもたらしたということは、何かしらの狙いがあるはずだ。領主邸の襲撃か、アルフィーの殺害か。同席していた王太子と領主代行のリアムも同じ意見だったようだ。


 なお、イズナ五人衆は馬車で片道七日の距離を、情報を掴んだ上で七日で往復して戻ってきていた。


「陛下、邸の襲撃が目的ですと、使用人が狙われる可能性も考えなくてはならないと存じます」


「うむ。住み込みの者はここから出なければ問題ないが、通いの者はそうもいかんだろうからどうするか」

「メイリンさんやイズナさんたちに送り迎えさせるわけにもいきませんしね」


「アルフィー、先日お前が出席した茶会でメイリンが不穏な気配を感じたと言っていたな」

「はい、父上。姿は捉えられなかったようですが、確かに感じたと言っておりました」


「次の茶会は来週だったか?」

「バーベキュー会ですけどね。中止にした方がよろしいでしょうか?」


 本来なら中止にすべきだろう。他の出席者も子供なのだから、危険が及ぶことは出来れば避けたい。だが、ことアルフィーに関してはDEF防御力が約1万2千、一般的な成人のおよそ十七倍もある。


 さらに護衛としてメイリンとステラ、ワクルーが常に寄り添っているのだ。ローランベルク領都邸の外に目立たないようにイズナたちを配置してもいい。


 そこで片を付けられれば、ひとまず安心して領政を息子に任せることが出来る。だが、果たして彼に囮のような役割をさせるべきなのだろうか。優弥自身なら喜んで囮にでも何でもなるのだが、普通の父親は間違いなく子供にそんなことはさせないだろう。


 だが、彼は国王であり息子は領主。国民や領民の安全を最優先にしなければならない立場にあるのだ。


「危険だがアルフィー、茶会……バーベキュー会には予定通り出てくれるか?」

「父上ならそう仰られると思っておりました。庭番衆には確実に賊を捕らえてもらいましょう」


 そう言ってから彼は小声で父に耳打ちする。


「えっと、DEF最大と念じればいいんですよね?」

「そうだ。だがSTR力強さを最大にするのは時を選べよ」

「はい」


 それから優弥はイズナに目を向けた。


「イズナは引き続き情報を集めてくれ。俺の命令として配下以外の庭番衆を使っても構わん」

「はっ!」


「リアムは使用人に外出禁止令を出しておけ。通いの者の家族にはメイリンの配下から言づてを。必要な物があればそれも彼女たちに買いに行かせればいい」


「御意に。ただ陛下」

「うん?」


「看病が必要な家族がいる者がおります」

感染うつる病なのか?」


「いえ、もしそうならその者もここでは雇えませんから」

「確かに。移動に問題ないなら馬車を出して連れてくればいい」

「よろしいので?」


「構わん。さすがに魔王ティベリアを呼んで治癒させるわけにはいかんが、その使用人も家族と共にいられれば安心だろう」


 移動出来ないなら一時的に転送ゲートを設置してもいいと考えたが、どうやらその必要はないらしい。しばらくは領主邸が人でごった返すことになるが、それは致し方ないことだろう。



◆◇◆◇



「えっ!? それじゃ坊ちゃんが囮になるようなモンじゃねえですか!」

「まあ、そうなりますね」


 剣術指南役のシュタイナーは稽古中、何者かに狙われている状況でアルフィーがバーベキュー会に参加すると聞かされて驚いた声を上げた。


「そうなりますね、じゃねえですよ! お父上の陛下は一体何を……」


「シュタイナー殿、父上は身内に対しては決して狭量ではありませんが、その先を口にされますと僕が貴方を罰しなければならなくなりますので」

「あ、申し訳ねえです」


「いえ。それに今回の件は父上に言われずとも僕に断る気はありませんでしたから」

「そうですか……坊ちゃん、なら俺も坊ちゃんの護衛に混ぜてくれやせんかね?」


「シュタイナー殿もですか? でも間もなくお子さんが産まれるんですよね?」

「そうなんですが……いえ、それでもですよ! もしその日と出産が重なっても後で自慢すりゃいいだけですから。お前の父ちゃんは立派に主様をお守りしたんだぞってね」


「心強いですね。メイリンさんやイズナさんたちもいますから問題ないとは思いますが、正直若い女性ばかりに守られるのも気が引けてましたので、シュタイナー殿がいて下さるのはありがたいです」


「あははは。庭番衆の方たちと比べたら俺なんか頼りにならねえかも知れやせんが、坊ちゃんの盾くらいにはなれやすから」

「盾はやめて下さい。怪我でもされたら奥様と産まれてくるお子さんに申し訳が立ちません」


「そうなったら女房と子供のことはよろしく頼んます」

「縁起でもないことを言わないで下さい」


「冗談ですって。ですが坊ちゃん」

「はい」


「俺は坊ちゃんの騎士として、きっとお役に立たせて頂きやす!」

「まだ騎士ではありませんけどね」


 わざとらしくひざまずいた彼に、アルフィーはクスクスと笑いながら木剣を隠す仕草で応えた。


「本当によろしいのですか?」

「もちろんです!」


「分かりました。父上とメイリンさんたちにはこのことを伝えておきます。ですが奥様の容態が変わったら遠慮なく申し出て下さいね」


「女房には我慢しろって伝えときやす」

「我慢って……」


 シュタイナーの護衛参加は難なく許可が下りた。ただ彼の本来の職務は剣術指南役なので、その時だけ騎士見習いとして参加することになる。


 ローランベルク家からも当然のごとくに了承を得られたが、それならばと伯爵家からも護衛兵を数人配置するとの連絡があった。


 そしてイズナたちがこれといった情報を得られないまま、バーベキュー会の日が訪れるのだった。

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